歳暮

山家ノ歳暮

(573)あたらしき柴の網戸(あみど)をたてかへて年のあくるを待ちわたるかな(西行)

※世をさけて住む山家のこととて、迎春の準備といっても何もないが、今までの柴の網戸を新しいものにたてかえて、年の明けるのを待ち続けることだよ。 ◇たてかへて=「たちかへて」、その場合は面目を一新して、の意となる。 ◇あくる=「たて」(閉じる)と「あく」は「戸」の縁語。 ◇待ちわたるかな=「わたる」は長い間続けること。世を捨てた山家の侘住いながら、春を待つ心が「わたる」に籠めて表現されている。

DSCN5312 今晩メイシアター(吹田市文化会館・阪急吹田駅前)大ホールにおいて「吹田市民の第九」と称してカウントダウンコンサートが催される。特別ゲストはボニー・ジャックス」。

■歓喜の歌 訳詩(編集部訳)

おお、友よ、この調べではない!/もっと快い、歓びにみちた調べを/歌いはじめよう。(ベートーベンの自作、以下F.シラー詩)

歓びよ、美しき神々の輝きよ/楽園の娘よ!/われらは炎のごとく酔い/天なる君の聖地に踏み入る!/世の風習によって厳しく隔てられたものを/君の魔力が再び結びあわせる。/君のやさしき翼のもとで、/すべてのひとは兄弟となる。

大きな仕事を成し遂げたものに/真の友があらわれる。/ひとりの優しい女性を得たものよ、/ともに歓びの声をあげよ!/そうだ、たったひとつの魂でも/この地上にわがものを/持ち得たひとも!/ただし、それがかなわない者は、/密かに涙しつつ、喜びの輪より去れ。

生ける者はすべて、歓びを/自然の乳房から飲む。/善人も、悪人もすべて/薔薇の小径を辿る。/自然は、われらに口づけとぶどうと、死の試練を経た友を与えた。悦楽は虫けらに投げ与えられ、/天使ケルビムは、神の御前に立つ。

歓びよ、壮麗なる天の計画に従い/太陽が大空を飛び交うように/進め、兄弟よ、あなたたちの道を、歓びにみち、勝利に進む英雄のように!

幾百万の人びとよ、いだき合え!/この口づけを、全世界に!/兄弟よ、星空のかなたに/かならずやいとしい父は住み給う。

ひれ伏すか? 幾百万の人びとよ。/創造主を予感するか? 世界よ。/星空のかなたに、創造主を求めよ!/星たちのかなたに、かならずや創造主は住み給う。

■戦後60周年・吹田市市制施行65周年記念事業ということで、メイシアター自身も今年開館20周年という記念すべき年だった。20周年ときいて、「あれ?こんなに短かったかな」と、思った。・・・メイシアターから500mほど離れた所に「吹田市民会館」がある。40年前中学生の頃は、文化祭はこの市民会館のホールでやった。混同している。その時の劇は「夕鶴」だった。演技はとても上手だったがなんせ体格がよく、「つう」がやせ細るシーンでは笑いがおこった。 ■20年前というと劇場がある所といえば、東京、大阪、名古屋・・・といった大都市ばかりで、30、40万といった中都市に劇場ができたのはめずらしかったのでは・・?。■・・・そういう風に思っていたら、生まれ育った粕屋郡志免町には「志免会館」という劇場があったなぁーと思った。普段は、日本映画を上映する映画館として使われていた。たまに、花節とか歌謡ショーがあって、「花村菊枝」や「藤島恒夫」が来ていた。 「花村菊枝」は♪~「潮来花嫁さんはぁ~、潮来花嫁さんはぁ~~・・・・」と歌っていたし、藤島恒夫は、「♪~・・・包丁一本さらしにまいて・・・」と唄っていた。藤島恒夫の「月の法善寺横丁」は、法善寺横丁に歌碑として残されている。 福岡には「嘉穂劇場」という有名な芝居小屋があるが、志免会館は洋風の建物でいまはもうない・・。http://www.town.shime.lg.jp/shimehome.nsf/c21a9cdf187df20f49256e970005a3f3/741125f94d710750492570df00015ea6?OpenDocument

■「第九」からとんでもないところへいってしまったが・・、なにわともあれ、1年もあとわずか、今日1日となってしまった。

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