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重源と西行・70

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→明らかに重源から聞いた仏舎利信仰の影響を受けてのものである。兼実は舎利について、これは万善感果の生身であり、三身証得の尊体であって、福田の種子にして功徳の根源であると指摘する。また釈迦の遺体である舎利を大仏の霊像に籠めることで、二つの身が一つに混じてその利益(りやく)は万(よろず)に発揮されるであろうとし、さらに大仏は後白河法皇の御願でもあることから、臣下である私の志とがそこであわさって君臣合体が成就されようとのべ、このように政治の道をこそ思って舎利を籠めるものであると表明している。

■祭囃子が聞こえるー4部、第15話・ダンスホール

「上海夜会」の中へ入っていくと、西洋音楽が流れていた。ちょっと躊躇したが、意を決して足を進ませた。給仕が近寄ってきた。そして、1階の奥のほうの席に、良一を導いた。

「ウィスキーをもってきてくれ」、給仕に頼んだ。

良一は、給仕がもってきたグラスを一気に飲み干した。「上海夜会」は、ダンスホールだった。

■大阪北野町・・・森繁さんの出身校の北野中学(現:大阪府立北野高校、大阪市十三)は、大阪の北野町にあった。

Dscf9752大阪能楽会館(北野町近く)。

梅田の北野町である。梅田は「埋田」。「田んぼを埋め立てて出来た街」説と、「梅にゆかりのある街」説とが結びついてできた説とがある。 /パソコン復活したが、いつ故障してもおかしくない状態。

■文化祭当日・・朝=①受付の机、書類などを出す。②駐車場にコーンを置く。 午前中:3・4年劇(「9匹の猫とぶた」、照明:天井、フットライト) 和太鼓演奏(中学部) 午後:劇(中学部、「信長の野望」) 後片付け(pm4:00~ ) マラソン週間・大会の健康カードなど配布・・・。

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重源と西行・69

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

兼実の願文/ 願文は装飾の施された料紙に兼実とその嫡子良通の名によっておおよそ次のことが書かれている。  治承四年十二月、仏法の破滅にあたって霊像灰燼の災いがあった。まさにそのときに四方に夷敵が起こって天下が静まらなくなったが、このことは国が治まるのも、また乱れるのも、東大寺が興されたり廃れたりするのと連動していることを物語っている。こうしたときに重源と陳和卿とが意功をこらして大仏を立派に造り、再現したことは、国家の中興をもたらすものであろう。造仏に際しては衆庶の施物が寄せられたが、自分はこれまで家貧しくていかほどの施しもできないでいたゆえ、ここに「生身の舎利一粒」を大仏の腹心に籠めたいと願うものである。

■切り絵・・・ずっと前から、教材にとりいれている。また、時間があったらやりたい。

Dscf97951すいたきり絵会。メイシタター・集会所(吹田市)

自転車がパンクしたので、いつもより30分早く家を出なくてはならない。外は雨。昨日の悪夢が続いている。おおげさかな? 気を取り直して、やっていこう。→技能員さんが、自転車のパンクを直してくれた。悪い事ばかりではない。「(お代は体で払う)・・」と言いかけたが、やめた。

文化祭(校内向け):受付の机などを出す。駐車場のコーンを置く。体育館の玄関付近の清掃・・・。→劇の指揮と放送・照明の所に「トランシーバー」を置いている。声が一方通行で、調子がおかしい。表示を見ると、「キーロック」がかかっている。ロックのはずし方が分からず、説明書を取りに行く。トランシーバーの相手がどこかに行って、探しまくる。

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重源と西行・68

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→つまり大仏の鋳造は平氏の時代の最末期に行われたわけで、したがってそれだけに新たな時代への希望が大仏には託されることになった。たとえば大仏の鋳造に向けて、兼実は五月十九日に大仏に仏舎利を籠める願文を作成しているが、これは今に尊経閣文庫(そんけいかくぶんこ)に残されているので(『平安遺文』)、そこから大仏に託されたものを読み取ることにしよう。

■祭囃子が聞こえるー4部、第14話・上海夜会ー

良一の足は、いつのまにかイギリス租界に踏み入れていた。あたりはいつの間にか真っ暗になっていった。どこからともなくなまめかしい風が吹いてきた。

しばらくして、良一は、「上海夜会」のネオンのある建物の戸をあけた。

■住之江(すみのえ)・・・住之江は、「住吉の江(すみよしのえ)」。住吉大社付近の海を指す。住吉大社は武神・船舶守護神だったが、西行の時代(平安末期~鎌倉初期)は和歌の神としても大いに崇敬された。その住之江の南港(なんこう)で、市橋達也容疑者が逮捕された。南港から船に乗ったのはだいぶ前になる。

Dscf97971石樹会(メイシタター、集会所)。

劇の練習。文化祭の準備。運営委員会(体育祭反省・会計報告、ストーブの使用について)→インディアカ

※最悪の日。自転車はパンク、放送機器は故障。帰宅したら、パソコンが又故障。故障続き。体は、なんとか故障しなかった。ああー。

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重源と西行・67

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→やがて七月一日には賊軍が今日のうちにも入京するとの噂が流れ、あわただしさの増すなか、二十日すぎに源氏の軍勢が京に迫って京都防衛が試みられたが、二十五日に法皇が比叡山に逃れたことが発覚すると、ついに平氏は安徳天皇を擁して都落ちを決断し、六波羅邸に火をつけて西海に落ちていった。代わって義仲らが京に入り、平氏の時代はここに終わりを告げたのである。

■石・・・すいたきりえ会の隣で展示会があった。高いんだろうなと思った。石のよさはわからない。

Dscf97961石樹会。メイシアター・集会所(吹田市)

文化祭展示(米づくり、5年)の手伝い。泉州地区に「大雨警報」が出た。そのため休校。×大阪教育委員会より視察(ボランティア活動の実態)。→×福本整骨院(我孫子)→11月15日の「謡の会(会場:阪口楼/大阪市天王寺区茶臼山町)」に向けて散髪。

■巨星流れる・・・森繁久弥さんが亡くなられた。森繁さんといえば、大阪キタの「お初天神」を思い出す。私が高校生の時は、まだ境内や参道に屋台がいっぱいあった。その中におでんやさんもあった。大阪は「おでん」とは言わず「関東煮(だき)」と言っている。森繁さんは、その店の「「関東煮(だき)」があまりにもおいしいので、「関西煮(だき)」と命名されたという。西行の歌にもある(交野が原)大阪府枚方市の出身。96歳。枚方といえば、日本の七夕の発祥地。大きな星が流れてしまった。 ※「関西煮」、森繁さん命名というのはあまり知られていない?。それに、常夜灯(じょうやとう)、昔はそんなに値段が高くなかったような・・。40年前だから、しかたがないのかなあー。

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重源と西行・66

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→この直後の六月四日、北陸の官軍の大敗北が伝えられ、都に残された官兵の妻子から悲鳴が洩れるなか、翌日には4万騎の軍勢のうちで戦闘可能なものは四、五騎にすぎず、あとは命からがら逃れるが、討ちと取られた、との噂が続いて入った。戦局は悲況に傾いていたのである。

■祭囃子が聞こえるー4部、第13話・敵意ー

上海は、長江河口南岸に位置する。東は東シナ海(東海)に面する。

良一は昼近くに起き、街に出た。街には所々黒く焼け残った所があった。2ヶ月前に、日本軍機の爆撃を受けたという。上海港で船をおり、正徳閣への道を聞いた時、中国人のあの敵意にみちた目の意味を理解した。

■紅葉・・・平地でも色づいてきた。

Dscf97941片山公園(吹田市)。/「片山公園→アサヒビール工場見学・試飲」というコースが人気。最近、ここで謡いの練習をすることが多い。

劇(3・4年)の照明担当。暗転とかあるので、通しで見る必要がある。国語と算数を5時間目にふりかえてもらった。/健康カード(マラソン練習カード)の作成→ソフト・テニス(吹二小学校)

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重源と西行・65

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→鋳造の終わりは五月二十五日とするのが『吾妻鏡』の記事で、それには十四度も鋳たとある。また『東大寺続要録』は五月二十八日に東大寺別当が陳和卿に龍馬と美絹をあたえたと記し、さらに「首尾三十九日を経ぬ」と、四月十九日から三十九日間を大仏鋳造としている。これは大仏鋳造の準備が四月から始まっていたことをさすのであろう。こうして鋳られた後、六月一日に供養のことが法皇に奏聞され、その後ようやく磨きも加えられて大仏の立派な姿が現れるようになったという。

■能楽における掛け声(かけごえ)・・・「能」には指揮者はいません。掛け声は「ここは何拍目です」「このくらいのテンポでやりましょう」とお互いに知らせ合う意味を持っています。掛け声は能においてとても重要な意味を持っています。

Dscf9801 ←「西王母」。仕舞、囃子(「太鼓」)。第108回吹田市謡曲連合会秋季大会(メイシアター中ホール能舞台)。

文化祭劇(照明担当)練習(体育館舞台)→部会(体育祭反省、マラソン大会案提示、防犯避難訓練案提示など)

■西行の筆・・・メールが届きました。紹介します。/・・・。さて、現在、東京上野の国立博物館で御即位20年記念特別展『皇室の名宝』展が開催されています。
第一期は終了しましたが第二期の期間は平成11年11月12日(木)~11月29日(日)です。
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=6890

小野道風の玉泉帖から後水尾天皇の書まで
皇室が所有する書の名品が展示されます。
http://www.tnm.go.jp/jp/exhibition/special/200910koshitsu_list.html#5

西行の書状も展示されます。内容は晩年の西行が伊勢神宮へ奉納する自家歌合せの判を藤原俊成と定家に依頼した催促状だそうです。

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重源と西行・64

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

平氏都落ち/ 大仏鋳造にあたっては多くの奇跡が生まれ、それらが諸書に記されている。銅湯が流れ出して仮屋が燃え上がったのを身命を惜しまずに消し止める作業を皆が行ったことや、春日山から飛んできた白鳥が火炎や人を恐れずに飛び回ったこと、雷が鳴って大音響がしたことなどであるが、とくに興味ぶかいのは南大門跡の前に「大仏すでに鋳こらし□ぬ、四鳥有りて大仏銅を盗まんと欲す」という札が立てられた点である。社会の不穏な情勢が「天魔の所為」と恐れられ、それがゆえに仏神への祈りが盛んに行われたのである。

■祭囃子が聞こえるー4部、第12話・正徳閣ー

正徳閣は、中国の邸宅を宿舎に改造したような建物だった。中庭を通り、奥まった部屋に良一は入った。

食事を取り、荷物を整理した。しばらくして、寝床に入った。船旅の疲れで、すーと深い眠りに落ちた。

■秋季・吹田市民文化祭・・・9月20日から始まった文化祭も中盤を迎えている。

Dscf9745ツワブキ(自宅、吹田市)。以前「高槻市」に住んでいた庭の鉢のツワブキを地植えにした。前庭を駐車場にしたので、再度植え替えた。

第50回吹田市詩舞道大会(メイシアター・大ホール)、吹田市謡曲連合会(メイシアター・中ホール、9:30-11:00)→健康フェスティバル(南吹田体育館、13:00-15:00)→※太鼓亭・金田店(15:15-16:15)

※太鼓亭・金田店=太鼓亭の社長は、大阪府立東淀川高校の先輩にあたる。給仕に来てくれた人は、ウェンツに似たイケメンだった。飲み会のメンバー、よく見たら、※戦中派が6人中4人。試合には負けたが、後は良かったのでは・・?。戦中派ではないが、奄美大島出身の方がいて、奄美出身が多いのは尼崎市(兵庫県)と言っていた・・。/ ※戦中=防空壕の話が出た。後で思い出したのだが、・・。防空壕が戦後そのままになっていて、幼稚園の同級生が、その中に閉じ込められたことがあった。中で遊んでいて、何かの拍子で入り口の鉄の扉が閉まったらしい。

全国腹鼓大会が甲賀(滋賀県)で開催されたと報じていた。

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