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重源と西行・63

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→その間、大般若経二十部が読まれ、興福寺別当の催促で集まった諸国諸寺諸山の浄行の僧が尊勝陀羅尼を誦し、その他にも寺ごとに毎日、観世音経が読まれ、百座仁王講が勤められたという。 さらに八幡・春日社では神楽(かぐら)がたびたび行われた。なお五月十日には、□神殿で重源が主催して大仁王会が行われ、十一日から四日間は、聖武天皇と光明天皇の陵墓である佐保山(さほやま)陵の前で講演が開かれた。

■迷子・・・この間、梅田地下街が変わってしまって、出口がわからなかった。

Dscf9749_2富国生命ビル(大阪市)。/向かいが、改装中の阪急百貨店。高校3年生の夏、このビルの屋上にあった「ビアガーデン(日本で最初)」」でアルバイトをしていた。

※トータル・トレーニング(10:00-11:40、片山体育館)・・謡の練習(11:45-12:00、片山公園)・・・メイシアター(きりえ展・すいたきりえグループ、水石展・吹田市石樹会)・・昼食・・花炭焼き、ジャガバタを作る→→ソフトバレー(吹二体育館、19:00-21:00)

※トータル・トレーニング=登山、ハイキングは有酸素運動なので、エアロビクス(有酸素運動)には「吹田登山会」の人たちが何人か来られている。今年の夏上った「槍ヶ岳」の頂上の写真(Wさん)を、Tさんに渡してもらおうと思った。「・・今度の太神山(たなかみやま)・矢筈ヶ岳(やはずがたけ)に行かれます?」「いや、行きません」。困ったなと思って、体育館の2階のフロアに行くと、waさんがおられた。「waさんに渡してもらったら・・」「そうですね」・・で、手紙と写真の入った封筒をwaさんに渡した。

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重源と西行・62

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→奉加の人びとは数知れず、水瓶(すいびょう)・鏡・金銅などの宝物が次々に投げ入れられた。京からの施物は牛車や馬に負われてもたらされ、法皇から送られた銅や炭などの量はどのくらいかわからないほどであった。

■山茶花(さざんか)の季節になってきた。椿との違いは、昨年理解できた。

Dscf9748近所、K宅の垣根。さざんか。K家の娘さんは、中学の時の同級生(吹田市)。

放課後、舞台・袖幕つくり。

障がい者展(ビックアイ、大阪教育委員会主催)出展の作品関連資料を整備する。

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重源と西行・61

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→その五月十九日の鋳造のようすをみると、まず重源と陳和卿とが苦心して作った大きな□三口が大仏の後ろの山に据えられ、七千から一万斤ほどの銅が、五十から六十石ほどの炭で燃やされ、そこに錫湯が注がれた。大河の流れが江海に注がれるがごとく、火炎は空中に上り、音は雷電のごときもので聞くものを驚かせた、と伝えている。

■祭囃子が聞こえるー4部、第11話・国際都市・上海(しゃんはい)

良一が上海に着いたのは、翌日の1932(昭和7)年4月8日の夜だった。船をおりた。「正徳閣」の場所を、通りすがりの現地人に聞いた。中国人は、あからさまにいやそうな顔をしたが、良一が向けている斜め前方左を指差した。

この年の2月5日、中国大陸では、関東軍によるハルピン占領が行われている。前日の7日に、日本政府は満鉄副総裁江口定条を罷免している。

■私が高校生の頃は、三重県は中京圏ではなく近畿地方に属していた。「赤目四十八滝」は、入り口に料金所などなかった。名張や伊賀上野は、中京圏よりやはり関西に属する気がする。

Dscf9763曽爾高原。「亀山峠」付近から「二本ボソ、倶留尊山(1038m)」方面/20年前ぐらいになるだろうか?倶留尊山へ上った。曽爾高原のススキは記憶がないが、左の写真の風景は覚えていた。

学校見学会2日目。→謡の稽古(pm7:00~、「鞍馬天狗」「融」)

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重源と西行・60

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

大河の流れが江海に注がれるがごとしー大仏鋳造/ 法皇から使者として長官の行隆・隆職のほかに近臣の藤原成範(しげのり)らが派遣され、鋳始められた。種々の記録は鋳造の日時やその日のようすについて様々に語っていて一定しないが、はじまりは五月十九日とする『玉葉』と『百練抄』の記述が信用できよう。

■晩秋・・・急に寒くなってきた。声が鼻声になってきた。風邪をひいたのだろうか。熱はない。

Dscf9760曽爾高原。

学校見学会第1日目。

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重源と西行・59

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→したがって大仏の鋳造は平氏が北陸道で大敗するという情報のなかで行われたのであった。重源はこの時期の大仏の鋳造をいかに行い、またこれを契機にしてどのように大仏の勧進を行っていったのであろうか。

きっちゃん&ちかちゃん 新婚生活突入記念! 大祝賀パーティ

Dscf97751京都の某民舞集団/パーティーに先立って舞い踊られた。有名な集団らしいが、私は知らなかった。新郎の友人として招かれた。約150人出席。席が新婦のご両親の隣、メインテーブルだったので感激した。

サンクス図書館(図書3冊借りる)-謡の稽古(片山公園、「融」「鞍馬天狗」)-自宅(11:30)・・江坂駅ーー淀屋橋駅ー京阪電車ー京橋駅・※駅前ライブを聞く・京橋「ONE'S」・・京橋駅ー淀屋橋駅・淀屋橋駅ーー江坂駅・・自宅(17:00)

※駅前ライブを聞く・・・Project NAZCA(プロジェクト ナスカ)/Folklore Acoustic Live

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重源と西行・58

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→その情勢下での法皇の南都行きはむずかしくなり、さらに五月になると、北陸道に官軍が攻め入ったという情報が伝わり、大仏の修補の祈りが行われようとした十五日の三日前には、その戦によって多数の死傷者の出たことが伝えられ、十六日には官軍が戦に乗じて越中(えっちゅう)国に入ったものの、木曾義仲により惨敗を喫し、過半の軍勢を失ったとの報告が入っている。

■百舌鳥(もず)古墳群・・・明治初期には100以上あった古墳も畑や住宅で激減してしまった。それでも現在48基残っている。羽曳野にある古市古墳群とともに世界遺産登録に向けて準備が進められている。

Dscf9742いたすけ古墳(堺市北区)。/ここの鴨はうるさい。橋にいる狸にえさを投げるが届かないで、濠に落ちる事がおおい。そのえさを鴨がとるのである。この日も、狸へのえさを、「がぁーがぁー」、まるであひるのような声をあげて遠くから近づいた。そして、あっという間に平らげ、あっという間に去っていった。

明日は、「文化の日」で休み。明後日は、学校見学会。その準備でなにかとあわただしい。

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重源と西行・57

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→こうして五月十九日には面部が鋳られることとなった。当日に法皇は出席を望んでいたものの、四月から平氏は総力をあげて北陸道攻めに取り組んでおり、それに向けて平氏の軍勢が畿内一帯に兵士役や兵粮米の徴収を強行したことで、「上下騒動」「狼藉」が起きていた。

■名張(三重県)・・・前任校は、鶴橋(大阪市生野区)にあった。鶴橋はあまり環境の良い所ではなかったが、交通の便のよさは抜群だった。名張は三重県なのだが、二人、通勤されておられた。

Dscf9762曽爾(そに)高原。

近鉄難波駅(8:40)-急行・奈良行ー鶴橋駅(8:43-55)②乗り場→青山町(区間急行)→→名張駅・名張駅バス停(三重交通、10:30)ーーーー曽爾高原バス停(11:00)・・国立曽爾高原青少年自然の家・・・遊歩道・・・「日本ボソ・倶留尊山(くろそやま)」分岐点・・・亀山峠・・昼食・・・(謡の稽古/「融」)・・・お亀池・・遊歩道・・国立曽爾高原青少年自然の家・・東海自然歩道・・曽爾高原ファームガーデン・・曽爾高原ファームガーデンバス停(14:27)---名張駅(15:00)・近鉄名張駅(15:05-15:27)④乗り場→上本町(急行)→→上本町駅(16:30-32)→尼崎行→難波駅(16:37)-----江坂駅(17:10)・・自宅(17:20)

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