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重源と西行・42

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→兵粮米賦課とともに徳政の実施が重要であるというこの論理に、仏の道に結縁する勧進が入りこんでくるのは容易であった。兵粮米賦課が強行されればされるほどに、大仏勧進はそれと競合しつつ威力を発揮したことであろう。つまり兵粮米賦課が地ならしをしたところに大仏勧進が進行していったのである。

■祭囃子が聞こえるー4部、第3話・政治の腐敗ー

中小企業は没落、農村の不況・・・そういった現状の反面、金融資本の支配のもとに資本の独占は一層すすみ、財閥と政党との結びつきは一層強固になっていった。そのため、このような政治の腐敗に対する不満は、しだいに表面にあらわれてきた。

Cimg1019横堤(よこつづみ)・・・大阪市鶴見区

浜屋敷(吹田市)。

江坂駅ー御堂筋線ー心斎橋駅ー長堀・鶴見緑地線ー横堤駅・・鶴見区民センター・大ホール(14:30-16:30、障がい者・スポーツの体験とふれあいトーク&ライブ 桑名正博(トーク&ライブ)、高橋明(トーク))・横堤駅ーーーーー江坂・・自宅(17:15)

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重源と西行・41

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→京中で富裕の者に兵粮米を課されることを聞いた兼実は、それは兵粮米に限るべきものではないし、院宮や諸家にも課して徴収するのがよいのであって、天下の飢饉なのであるからその富を貧にあたえるべきであるとのべている(『玉葉』治承五年二月二十日条)。

Cimg0929 鳴く虫・・・耳を澄ませば、虫の音が聞こえてくる。

兵庫県伊丹市立伊丹郷町館

地下鉄天王寺駅・・徒歩・・教育会館・・・別名「高津(たかつ)ガーデン」。近くに、「高津(こうず)神社」があるからだ。近くといっても、徒歩10分かかる。「大阪府立障がい児学校教職員組合」の事務所は、教育会館7階にある。組合の事務所は、以前は、「生魂国神社」の近く(徒歩5分)にあった。近くといえば、近鉄百貨店(上本町店)がすぐそばにある。近鉄電車のかつての母体は、大阪電気軌道(ダイキ)。上本町が本社だった。今も上本町が本社。今日夜、教育会館に用事がある。→地下鉄谷町九丁目駅ー難波駅・地下鉄難波駅(御堂筋線)--江坂・・自宅

※時間があったら、11月15日(日)にある「謡の会」の会場・「阪口楼」の場所確認をしておきたい。

Dscf9703大阪市天王寺区茶臼(ちゃうす)山町。

明治十年創業。いろいろな舞台に立てるのはうれしい。周りはラブホテル街で、胸がドキドキしてきた。四天王寺さんに行くのは、動物園の方よりこっち方面のほうが早い。庚申堂(こうじんどう)の近くを通り、南大門に至る。

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重源と西行・40

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→また兵士役や兵粮米の徴収は諸国が作成した帳簿(大田文)に基づいて賦課されていったが、勧進もその帳簿を入手して行なわれた。つまり兵士役や兵粮米の賦課と勧進の間には強い相関関係があったわけである。さらに大和国で「国中の有得の者」に兵粮米が課され、京中で在家が調査されて富裕の者に兵粮米が課されているように、特別に富裕なものから兵粮米が徴収されていることも、兵粮米の賦課と勧進との相関関係を物語っていよう。

■祭囃子が聞こえるー4部、第2話・失業者の増加ー

世界大恐慌の時局を救うための事業としてはわずかに土木工事がおこなわれただけで、中小企業の整理、労働の強化、人員の整理などが強行された。したがって中小企業は没落し、失業者はふえてゆき、農村はいよいよ不況におちいった。

■11月の月例ハイク

Cimg0910槍ヶ岳

吹田登山会の月例ハイクが復活しそうだ。8月に上った「槍ヶ岳」の写真を現像して、スタッフのW(男性)さんに渡す予定だ。今日の夜、謡の稽古(大阪市)。 中学部、「紀伊風土記の丘」へ遠足。

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重源と西行・39

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

大和国では「国中の有得(うとく)の者、兵粮米を召さるるの間、所々の官兵・使など乱入し、或いは倉に封を付け、或いは供給物を食す」というありさまだったという。(『吉記』養和元年五月四日条)。兵士役や兵粮米の賦課の対象と勧進の対象とは完全に重なっていたのであり、そこに勧進の困難さがあったが、逆に勧進は仏道への結縁であるがゆえに、兵士役や兵粮米の賦課には応じないこともあり、そこに勧進が威力を発揮していったのである。

■稲刈り・・・職場の田んぼで、稲刈りがあった。終わって、10月30日(金)に予定している「花炭(はなずみ)」の準備を少しだけした。6年の担任に、「30日、炭を焼く」と言ったら、「はぁー、??」と言われた。「イメージがわかない」とも言われた。「11月末に予定している障がい者展に出展する・・」「炭で何をするんですか?」「まつぼっくり等を焼いて、そのまま飾ってもいいし、組み合わせてオブジェにしてもいいし・・」。やっと理解してもらった。余裕があったら、花炭づくりの合間に、「焼き芋」を焼こうと思っている。 昼から、「済生会・吹田」病院で、心筋梗塞後の定期受診。「経過も良く、安定しているので、今度の受診は来年の1月にしましょう。」と、言われた。2日前、わき腹の所が、少し痙攣していたが、尋ねると、「???」。痙攣は、今はない。なんだったんだろう。

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重源と西行・38

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→しかしそうした権門とは違って一般の貴族や庶民の場合は、先にあげた『吉記』の兵粮米徴収の記事その後に、もし納めない場合には検非違使につけるとしているように、徴収はきびしく取り立てられのであるから大きな負担となったことであろう。

■祭囃子が聞こえるー4部、第1話・世界の大恐慌ー

1929(昭和4)年の秋、アメリカに端を発した恐慌は、たちまちヨーロッパにひろがり、ついに世界の大恐慌にまで発展した。この恐慌は日本の経済界をもまきこんだが、とくに農村に与えた打撃は大きかった。 農村はすみずみに至るまで不景気におちいり、農産物の価格の下落はひどかった。

■連休明けの火曜日。ソフトテニス、「ツインピークスNo2→No3」、等級旗の整理、・・・・。

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重源と西行・37

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→このように畿内近国では兵士役や兵粮米が課せられていたため、勧進も容易なことではなかったが、いまみてきたように法皇や女院の場合はその権威によって平氏を動かしてその免除を獲得することもあった。とくに八条院は鳥羽院の皇女であり、平氏のなかでも頼盛は八条院の女房を妻としており、宗盛も娘が八条院の養女となっていた。さらに兼実も姉の皇嘉門院の死後には八条院に接近しているなど、特別な存在であった。

■家庭内居酒屋・・・パソコンのハードディスクは修復できた。だが、プリンター、デジカメは故障のままだ。パソコンの液晶画面も黒のしみが広がって、買い換えなくてはならない。要は金があれば解決できるのだが、その金がままならない。その防衛策といってはなんだが、外で飲まないで家で飲んでいる。適当につまみを作って飲んでいる。これが、意外と楽しい。昨日のあては、「ホタテの甘露煮」、「松前煮」、「出し巻き」、「ねぎの味噌付け」。冷蔵庫にあるものを適当に皿に並べたら、結構いける。

■阪急吹田駅(7:00)ー淡路ーー京都線ーー河原町駅・・京阪四条駅ーー出町柳駅・叡山電鉄出町柳駅ーー修学院駅・・鷺の森神社・・修学院離宮、音羽川に沿って歩く・・雲母(きらら)坂・・赤山禅院・比叡山分岐点(東山トレイル)・・・赤山禅院・・・叡山電鉄修学院駅ーー出町柳駅・京阪出町柳駅ーーー淀屋橋駅ー地下鉄御堂筋駅ー梅田駅・阪神電鉄梅田駅ーーーー須磨寺駅・・須磨寺・・須磨寺駅ー山陽電鉄ー三宮駅ー阪急電車ーーー十三駅ーー阪急吹田駅・・自宅(17:00)

赤山禅院・・・京都の有名寺社はほとんど拝観した。しかし、赤山禅院、志明院は行ったことがなかった。赤山禅院は、叡山電鉄修学院駅から徒歩20分の所にあるのだが、せっかくなので雲母坂を歩き、遠回りして行った。志明院はシャクナゲがきれいだそうで、その時期に訪れようと思っている。

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重源と西行・36

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→これは宗盛が八条院領の播磨国三方庄の兵粮と大和の荘園の件について八条院からの訴えを了承した諸文であり、『吉記』養和二年三月十七日条に「近日、諸国庄々兵粮米重ねて苛責有り」とみえるのに対応していることから、養和二年(1182)の文書と推定される。

■朝早くから小学校の運動場へ行かなくてはならない。今日は、地域の体育祭。審判の仕事をおおせつかっている。一日でずっぱり。→今やっと終わった。体育祭、精神的には楽だと思ったが、1日出ずっぱりで、肉体的にも疲れた。昨年から宴会はなし。

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