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重源と西行・28

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→田井庄の解(げ)、給はり候ひ了ぬ、兵糧米の事、所々より訴へ申す事候ふと□も、かくのごとき狼藉を致すの由、全く申さず候ふ也、この条においては、庄官と在庁と対決あるべき事に候ふが、但し問使の責めにおいては止むべきの由、下知せしめ候ひ了ぬ、しかるに京庫納たるの由、相存じ候ふの処、今に小分の弁無く候、いか様に候ふべき事哉、先づ送文を進め、粮米いそいで運上すべきの由、御下知候ふべき也、謹言、 十月十七日  淡路守清房

■中秋の名月・・・このところ忙しくて、月を見る暇がなかった。どこかで、月見ができたらいいなと思っている。→梅田・阪神梅田駅ーーー甲子園駅・・・※鳴尾浜・甲子園浜・・・甲子園駅ーーー阪神梅田駅・地下鉄梅田駅ーー江坂駅

※鳴尾浜・甲子園浜=西行の山家集に出てくる。甲子園球場の浜風とは、ここからの風。ウィンドサーフィンの帆が並んでいた。

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重源と西行・27

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→八条院は鳥羽院と美福門院との間に生まれた皇女であり、多くの荘園を継承して独自の地歩を築いていた。次の文書は八条院領の河内国田井庄(たいしょう)に課された兵糧米に関する訴えに、その徴収を担当していた淡路守平清房(きよふさ)の返答である(「高山寺文書」)。

■秋の空・・・天気が安定しない。今日は10月4日に開催される体育祭の準備。どうやら、雨のためできない。4日当日朝にやる可能性がでてきた。4日はあわただしいが・・・。

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重源と西行・26

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

紙背文書は語る / 先の史料では女院の皇嘉門院(こうかもんいん)が勧進に応じたことが語られているが、それは※兼実の姉であり、兼実をバックアップしていたがゆえに記されたものであった。同じ女院である八条院の場合をここでは考えてみよう。

※兼実=藤原兼実

■創立記念日・・職場は創立記念日。子どもは休み。教職員は休みではないが、年休を「とってほとんどの人は休み。私は体育祭を前にしているので、年休をとらなかった。職場は、ぱらぱらと人もまばら。2時間だけ、時間休をとって帰ろうと思う。→自宅に戻ったら、理髪店に行った。久しぶりにバトミントンをした。アキレス腱を切らないかと、ひやひやした。ジャンピングスマッシュをした後、これはやめようと思った。帰って、DVD「ツインピークス」を観る。

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重源と西行・25

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→翌年二月になると、兼実は大仏の首の原型を土で造ることになったとの報告を隆職から聞き、さらにそれらの用途の大略は勧進によって集められたという重源からの申告も同時に得ている(『玉葉』)。こうして一見すると順調に勧進は行われたかにみえるが、勧進を行う重源の前には、飢饉や興福寺の造営、追討の兵糧米の徴収など、多くの難関が立ちはだかっていた。そのなかで勧進はどのように推進され、どのように受容されたのであろうか。

■祭囃子が聞こえるー3部、第9話・玉木誉士夫(ふじお)-

「いかなる外国の圧力に屈することなく、大日本帝国は、その誇りをかけて、世界に力を誇示すべきである。それには、まず大東亜圏の建設が必要である。・・・」。良一の演説に耳を傾ける男がいた。

その男は、後日、良一の事務所を訪ねた。「・・。玉木誉士夫と申します。入党したいのですが・・」。

■ドリームガールズ・・・ドリームガールズ(DVD)を見終えた。長い間放置していた「TUTAYA」のカードを更新した。コーラスガールの女性3人組が歩んだ成功と挫折。主演のビョンセ・ノウルズも素敵だけど、共演者のジェニファー・ハドソンの歌声は圧巻。人生の成功とは何かを考えさせられた。主人公のビョンセのモデルは、ダイアナロスだそう。なるほどと思わせる。ディスコ全盛時は、東京にいた。踊るよりもっぱら食い気の方で、同僚に、「ディスコになにしに来たの?」とあきれられた。

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重源と西行・24

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→法皇をはじめとして貴賎を論ぜずに洛中の家々をまわって勧進を行ったらしい。そこに女院とあるのは皇嘉門院(こうかもんいん)である。南無阿房上人による関寺の勧進の場合には、一人一升宛ての米の勧進であったが、ここで銅や銭・金などの金属が集められているのは大仏の鋳造をまず行おうということのあらわれであろう。

■梶井基次郎・・・基次郎のテープ(「檸檬」・「交尾」・「ある崖上の感情」)を聴き終えた。うつぼ公園(大阪市西区)に基次郎の「檸檬(れもん)」の歌碑がある。大坂は東西に街が発達したので、今の感覚(街を南北にとらえる。御堂筋は北と南を結ぶ。)とはずれがある。うつぼ公園は西区だが、中ノ島から歩いて行く事ができる。高校生の時、ミズノ本店(淀屋橋)からうつぼ公園まで歩いたことがある。 短編「檸檬」に出てくる果物屋のある界隈(京都市)は、私のお気に入りの場所だ。今夏行った松坂(三重県)が基次郎ゆかりの地だとは、行くまで知らなかった。松坂城に基次郎の歌碑があった。大阪に話を戻す。ミズノ本店から徒歩5分ぐらいの所に、「老松(おいまつ)町」がある。キタの繁華街、本町のビジネス街、新地に囲まれた隠れ屋みたいな所である。戦後、画廊、骨董店が並ぶ。最近、現代美術の画廊ができた。

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重源と西行・23

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→鋳造の開始とともに重源の活動は開始されることになったが、その活動を伝えるのは次に引く『玉葉』養和元年十月九日条である。-東大寺奉加の聖人、洛中の諸架を廻りこれを請ふ(法皇を始め奉り、貴賎を論ぜず)。女院の御奉加銅十斤、他所は或いは銭一千貫文、若しくは金六両と云々。

■祭囃子が聞こえるー3部、第8話・藤木吉雄ー

「外国の言動に影響されることなく、日本帝国は日本帝国の独自の道を貫くべきだ」。熱い吉雄の言葉に、良一はうなずいた。「よし分かった。俺も、党を結成する」。

党は「国粋大衆党」といい、良一は総裁に就任した。

■アキレス腱・・・友人がアキレス腱を切った。かなりひどいらしく、姫路の病院に入院している。すぐにでも飛んで行って見舞いたいのだが、体育祭の準備があるため行けない。 小かぶの芽がでてきた。

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重源と西行・22

高野にこもりたるころ、草のいほりに花の散り積みければ、/ 散る花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ(西行)

秋の末に寂然、高野にまゐりて、暮の秋によせて思ひをのべけるに/ なれきにし都もうとくなりはててかなしさ添ふる秋の山里(西行)

→螺髪とは仏の耳元のカールされた髪であるが、これは治承元年(1177)十一月二十七日の地震によって落ちてしまっており、修復が待たれていたことから、まずはその修理を行うことによって、大仏鋳造の開始を世に知らせたのであろう。

■2009/吹田川柳会(会場:メイシアター・レセプションホール)・・・カメラマンを務める。→デジカメの開口部が開かない。Tさんに頼んで、アナログカメラを借りる。フィルムが16枚しかはいっていなかったので、途中で終了。休憩時に、自宅からデジカメを妻から借りた。あと4枚というところで、カメラのバッテリーが切れた。急遽、自宅から、充電器をもってきて充電。なんとか撮りおえた。会の途中で、仲間のAさんから、「ちょっと、ちょっと」。何かと思ったら、「・・朝早くから手伝いご苦労様。粗品をリックの所に置いたよ」。見ると、安物のサランラップが置いてあった。会終了後は、疲れ果て、懇親会には参加しなかった。会でもらったビールを飲んだら、ばたんきゅう。起きたら、午後6時だった。

■すいた市民薪能(千里南公園特設ステージ、観世流能「清経」他)・・最後に雨がぱらついたが、なんとかもった。

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