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琴の音(ね)・34

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

→安徳天皇の御生誕・・・治承二年(一一七八)十一月十二日、中宮徳子に第一皇子御誕生、のちの安徳天皇であらせられる。仁和寺喜多院御室守覚法親王や石清水検校光清の外孫の天台座主覚快法親王が中宮徳子の安産祈願に当たられた。後白河法皇が中宮御産の場に御臨幸遊ばされた記録が、内大臣・藤原忠親(号・中山)の日記『山槐記』治承二年(一一七八)十一月十二日条にある。 /法皇密々西面より北門の方に臨幸あり。加持を奉らる。また諸僧無音の由、頻に責め仰せらる。大夫亮及び近臣らその仰せを奉じ、南面の方へ之を仰す。諸壇伴僧のうち陀羅尼などを能くするものを召し加え、その声雷となる。

水菓子と香辛料・・・夏は健康維持が大切。食欲の出る食べ物を考えたい。

Cimg0509自宅/夏は水菓子がおいしい。冷たくひやして。寒天に、抹茶ミルクと小豆。

海にはカレーがつきものだが、昨日の昼ご飯は、カレーではなく「汁炒飯」だった。それで、今日の昼ご飯は、「カレー」と清里のみやげの「わさびマヨネーズ」をつけた「野菜サラダ」。食がすすんだ。

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琴の音(ね)・33

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

■宿泊学習2日目

Cimg05121 ←「ときめきビーチ」(大阪府泉南郡岬町淡輪・たんのわ)。/隣の「海洋センター」とは、同じ府立でも別組織。

イカダを作って、海で遊んだ。子どもの時、丸太や竹でイカダを作って遊んだ経験がある。カヌーやヨットなら、お金を払って教えてもらうというのは理解できるのだが、イカダは?? 実際は、とてもおもしろかった。簡単で、不安定で、そこが又おもしろかった。

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琴の音(ね)・32

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。 ◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

宿泊学習(海洋センター)第1日・・・明け方激しい雨。午前6時ごろ、雨があがる。どんな1日になるだろうか? 子ども達は、興奮気味。やはり家族旅行とは違うようだ。

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琴の音(ね)・31

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

五、後白河院の「五十の賀」。  『小侍従集』(一二一)に、詞書のない次の歌がある。 君が代は菊のした水むすびける人のよはひもなにならぬかな  この歌は「菊慈童」が菊の露を飲んで七百余才の長寿を得たという故事にちなんだものである。詞書はないが、この歌は「菊慈童」の長寿にちなんで、後白河院のそれに勝る御長寿を祈ったもので、安元二年(一一七六)三月四・五・六の三か日に○って行なわれた白河院の「五十の賀」に、小侍従によって捧げられた歌であろう。

■七月

Cimg0487 ←くちなし(吹田市)。

明日から海洋センター(宿泊学習)へ行く。その準備でばたばたしている。  放課後、卓球大会。その後、愛染祭に行く予定。→宿泊学習の準備で、卓球大会は不参加。H接骨医の帰り、土砂降りの雨が。愛染祭りは行かなかった。

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琴の音(ね)・30

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

Cimg6333 ←「小侍従」の碑(大阪府島本町)。

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

申刻以後雨下る。今日、密々和歌を講ず。大弐重家卿己下、先度会する者以て参入す。清輔朝臣之を判ず。『作者を隠し之を合すなり』、題三首、鐘報ののち分散す。はなはだ興あり。  /「先度会する者」とあるのは、前回の閏(うるう)九月二十九日の和歌会に出席した「季経朝臣己下常に祇候する男共六七許りの輩」である。小侍従のほか、この歌合に参加した歌人は、六条藤家から大宰大弐藤原重家、季経、経家、頼輔、基輔、清輔。清和源氏から源頼政、仲綱、丹後局。常盤三寂の寂念。藤原隆信。「歌林苑」執行俊恵法師、道因法師などが参加している。半者は藤原清輔朝臣と高位高官のものは見えないが歌道堪能のものが多く、気楽な和歌会であった。御子左家俊成、定家は未だ九条家に召されて二十日もたっていない。兼実はこの年に七月以後その日記『玉葉』に内々和歌を楽しんだ記録が七回程あり、また治承二年(一一七八)には、三月初度として、ほぼ十日置きに十回、毎回二題各々五首の百首会を催している。兼実の歌会に小侍従が参加したのは記録に残るものとしてはこの歌合のみである。この日の題は「落葉、初雪、恋」、小侍従は皇嘉門院別当局と合せられ、二負一持であった。皇嘉門院別当局は村上源氏の源俊隆の娘。

■祭りばやしが聞こえるー2部、第14話・天神祭りー

義清は、茨木中学の文芸誌に投稿すべく、机に向かった。 「天神祭り。   もうじき天神祭りの季節がやってくる。天神祭りは、大阪天満宮の祭りだ。僕は、大阪天満宮の近くで生まれた。もうずいぶんと前の事だが、父に手をひかれ、祭りに行ったことがある。僕は、父の顔を覚えていない。その父は、僕が2歳の時結核でなくなった」。そこで、義清の手がとまった。

天神祭りの祭囃子の音が遠くから聞こえてきた。

■風の道・23

Cimg0432メイシアター(吹田市泉町)/新宮晋作。

天気がはっきりしない。この中で、水泳学習、1度も中止にならなかったのは、不思議なぐらい。風邪気味だったのは、少々辛かった。 今日で6月も終わり。今日から、大阪の夏祭りのさきがけである「愛染まつり」が始まる。

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琴の音(ね)・29

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

→四、右大臣家歌合。 /右大臣九条兼実が安元元年(一一七五)十月十日に催した『右大臣家歌合』に小侍従は参加した。この歌合の内容は『右大臣家歌合』として現存し、題・参加者次のとおり。 /題 落葉・初雪・暁恋 歌人 左: 大弐卿、女房丹後、頼行女 季経朝臣、女房皇嘉門院別当局、経家朝臣、隆信朝臣、基輔、季広、俊恵法師、右大臣兼実公    右: 頼政朝臣 寂然法師為業入道 頼輔朝臣 小侍従 行頼 仲綱 資忠 道因法師 清輔朝臣  半者・清輔朝臣   この歌合については、兼実の日記『玉』

■風の道・22

Cimg0425かもきみの湯。葛城の鴨神南備(かものかんなび)と称された「鴨」の地に、人々が相集う場所として、「葛城の郷(さと)・鴨君之湯」と命名された。

 天気がややこしい。昼から雨?。天気にふりまわされそうな1週間になりそう。3時間目・低学年、一応水泳学習の予定。小雨だが、プールに入った。 「浣腸!浣腸!」といつも連呼しているAが、「海を目の前にして泳げないなんて絶対いや!」(7月2日~3日:宿泊学習=海洋センター)。その言葉で、5・6時間目・高学年、水泳学習を中止しようと思っていたが、入れる時に入ろうと思い、小雨が降っていたが、プールに入ることに決めた。プールから上った。午後4時ぐらい、鼻水がでてきた。風邪がなおりきっていないようだ。

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琴の音(ね)・28

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

→三.高倉天皇御風邪のおり、歌を召される。  /『太皇太后宮小侍従集』(一二二)より、 うへ、おほむかぜのけむつかしくおぼしめしたるに、さまざまのもの見ゆ、歌よみたらばなほるべしとおほせごとあれば  君が代は二万のさと人かずそひてたえずそなふる御つぎ物かな /上の「二万のさと人」は『小侍従集』(六五)には「こまの里人」とあり、『群書類従』十五揖の『小侍従集』には、「こしの里人」とある。傍線の部分は「二万」「こま」「こし」とあるが、『源平盛衰記』巻十七に記されたこの歌の趣旨によると、「二万」とある『太皇太后宮小侍従集』の歌が正しい。 「二万の里人」とは、昔、女帝・皇極天皇の御代に新羅が背いて我が国を討たんとした時、皇極天皇はおん自ら追討のため西下され、備中国下津井郡で兵を募られた時、一郷より二万騎の軍兵が馳せ参じた。これよりして、この郷を二万の里と呼ぶようになった。この歌は彼の二万郷の人数になぞらえて君の御いのちに代えるべきことを詠んだもの、とある。「二万の里」は岡山県吉備郡真貴備町上二万・下二万辺りとされる。  『源平盛衰記』によると、あるとき高倉天皇には御風邪にて、御高熱で幻影を見られるような御病状で、お食事も召し上がられない御有様であらせられた。和歌を差し上げたならば、帝の御病気も治るであろうと仰せがあったので小侍従は前記の歌を奉った。この結果、帝にはお食事をも召されるようになり、御悩も去らせ給い、小侍従に対する帝の御いとおしみも人を越えたとある。ときの内裏において人々は岩清水ゆかりの小侍従の歌に霊力を感じ、呪術的効果を期待しているかのようである。

■祭りばやしが聞こえるー2部、第13話・文芸部ー

義清は、茨木中学の文芸部に入部した。月1回の会合。月1回の文芸誌の発行などが、部のおもな活動だった。

「なあ、佐藤、おまえもなにか書いてみるか?」「そうだな、せっかく文芸部に入ったんだからな・・・。でも、なにを書いたらいいかな・・」「まあ、気楽に書いたら」「そうだな」。

■風の道・21

Cimg0424船宿寺(せんしゅくじ)/「巨勢(こせ)の道」に属する。「風の森峠」を北に一気に1キロほど下った右手の山あいにある。「関西花の寺二十五ヶ所霊場」の第二十二番。この辺りは当麻(たいま)寺から五條を経て高野山に向かう旧高野街道が通じる場所にある。

昼から「吹田川柳会」(会場:メイシアター会議室)へ行く。少し早かったのか?開場はまだ。1階にある展示室で、「みらい舞台美術塾」を見る。図工の参考教材になるものが何点かあった。「吹田川柳会」は、3ヶ月ぶり。風邪気味なのに、会長さんに、「ますますたくましくなってきたね・・」と言われた。「吹田川柳会」会報七月号に「弘川寺」が掲載されていたので、少し紹介したい。「西行法師の終焉の寺・大阪府南河内郡の「弘川寺」を訪ねたが、想像とは別の風情で、古名刹そのものであろうと思いきや、立派過ぎる大きな寺で余りにも奇麗すぎの感があった。名峰、葛城山の麓の水清らけき流れに河鹿(かじか)が鳴き、昼前にはウグイスも啼く、せせらぎの豊かな音に暫し刻を忘れる里であった。・・・・・・略・・・」 

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