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琴の音(ね)・27

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

内裏にまゐりて侍りしに、主上の御笛万歳楽ふかせ給ひしをはじめてうけ給はりて、女房の中に申したりし /詞書に内裏に参って始めてこの事を承ったとあり、実定はこの朝覲行幸に供奉していなかった。小侍従の詞書に「御まへにさぶらふに」とあるので、実定が参内し歌を詠んだとき小侍従は高倉天皇の御前に侍っていた。小侍従に、実定の歌に対して返歌を詠むようにとの仰せがあった。「あうむ返し」は『古語辞典』(講談社学術文庫、昭六一)に「和歌のよみ方の一つで、相手の歌の一部だけを変えて返歌すること。」とある。  平清盛が権大納言に任ぜられた長寛三年(一一六五)八月十七日、実定は権大納言を辞退し正二位とせられ、翌年一月十八日に姉後白河院皇后忻子の皇后宮大夫になった。皇后忻子は後白河院の寵愛を受けていた平滋子(建春門院)と競合する。この様なことから、実定は平家出身の建春門院平滋子の不興をかったと思われ、建春門院が薨去するまで官職に復帰することは出来なかった。当時、実定は権大納言を辞して既に十年、正二位の官位はあるが官職を持たない散位であったが、彼は隠棲することなく、参内して高倉天皇(生母建春門院平滋子)が朝覲行幸に始めて笛を吹かれたことを賛美する歌を詠み、嘉応二年(一一七〇)十月十六日の『建春門院北面歌合』の催しに奔走する(『玉葉』など、建春門院に如才なく追従している。

■風の道⑳

Cimg0420 ←「風の森神社」。志那都比古(しなつひこのみこと)を祀っている。現在は小さな祠しかないが、かつては立派な社だったに違いない。都が大和平野の中央部に移ると、風の神は西の出入口にあたる「竜田(たつた)」に祀られるようになる。

風邪のため、いつも行っているトータルトレーニング(エアロビクス+ダンベル+ソフトバレー)は休んだ。よく寝たら、身体の調子がよくなってきた。借りたCD(ヴィヴァルディ・四季)を江坂図書館に返す。その足で、江坂のレコード店で、CD(ヴィヴァルディ・四季)を探したがなかった。スーパーで、葛きりなどを購入した。西行オフ会(吉野山)で、葛きりを買って食べてから、葛きりにはまっている。

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琴の音(ね)・26

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

→二.高倉天皇、朝覲行幸に始めて笛を吹きたまう。 /高倉天皇には、承安五年(一一七五)一月四日に御父後白河院の御所法住寺殿へ朝覲行幸(天皇が父帝や母后の御所に行幸される事)になり、初めて笛をお吹きあそばされた。右大臣九条兼実はこのとき琵琶を奏した。彼の日記『玉葉』には当日の記事がある。『小侍従集』(六二~三)より。当時、小侍従五十五才。 /高倉院位のおほんとき、てうきん(朝)の行幸に御ふえはじめてあるべしといふさだめに、人人あまたまゐりて、万歳楽一ばかりふかせたまふ、あけがたにかへりて人人の御なかにとて   左大将  /笛のねのよろづよまでときこえしに山もこたふる心地せしかな /御まへにさぶらふに、あうむ返しつかうまつれとおほせごとあれば 小侍従 よろづよとはつねの笛になのらせてすゑをみかさの山やこたふる /藤原実定の『林下集』(三一五~六)に、この「左大将」の歌と小侍従の返歌があるので「左大将」は実定である。但し実定はこの時、散位であり左大将ではなかった。『林下集』の実定歌詞書を次に。

■風の道⑲

Cimg0419  ←「風の森」の道標がある。この前に立つと、思ったとおり風がふいてきた。この辺りは、日本の農耕の発祥の地という。「風の森神社」へは、徒歩3分。

風邪の症状はちょっとおさまってきたものの、咳はまだある。あまり無理はしたくないが、しかたがない。今日は週末。なにごともなければいいが・・・。

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琴の音(ね)・25

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

Cimg6331 ←「小侍従」の碑(大阪府島本町)。

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

→『吉記』承安四年(一一七四)二月廿九日条、  /(略)弥勒寺別当法印成清捧げ物を進ず。御室御料蒔絵前机一脚「蒔蓮散花、置閼伽(あか)器一前、金剛盤一枚、独古、五古鈴等」、同脇机一脚「蒔念珠、置○水塗香器散丈等」、請僧八口料、各黒漆前机一脚「置剛盤、鈴五古、閼伽器、○水器、塗香器等」、事始まらっざる以前に、各座前に立て置かしむ。中宮権大夫これを検知せらる。事了るののち、御室御料請僧参進してこれを徹す。/ この日中宮大夫権大納言隆季・高松院・殿下(関白基房)・五条中納言邦綱・中宮権大夫時忠らよりの献上品がそれぞれ記載されているが、成清の献上品のみ特に詳細に記録されているのは、彼の献上品が著しく豪華であったと思われる。この記録は、成清が平時忠(建春門院の異母兄)や建春門院に接近し、その恩顧を受けていた事を立証するものである。成清が甥の慶清の宇佐弥勒寺講師と別院喜多院院司の職を強引に獲得しえたのは、平時忠が時の国母の建春門院の意向として高倉天皇の朝廷を動かし、実現したものであろうと推測する。小侍従が太皇太后への出仕を辞し、高倉天皇にお仕えしたのも、建春門院の庇護を受けていた成清の要請によるものであろう。成清の娘の土佐局も建春門院に出仕した(『健寿御前日記』にあり)。  建春門院崩御ののち、高倉天皇御譲位、安徳天皇ご即位に伴い成清の立場は悪くなり、多大の利権を伴う宇佐弥勒寺講師と其の別院喜多院院司の職を失う。

■祭りばやしが聞こえるー2部、第12話・くせ

「おい、佐藤」、同級の脇田に廊下で呼び止められた。義清は、じっと脇田の顔をのぞきこむようにして見た。脇田は少したじろいだ。「あっ、俺のくせなんだ。目が悪いんで・・。どうも・・・」「なんだ、そうなのか。俺の顔に、なにか変なもんがついているのかと思ったよ」「いや、そんなんじゃないよ」・・・。

「なにか用か?」「うん、文芸部にはいらないか?」「文芸部?」

■風の道⑱

Cimg0418  ←葛城の道歴史文化館(御所市=高鴨神社の西側にある入母屋造の建物)/「巨勢(こせ)寺跡」は「葛城の道」ではなく「巨勢の道」に属する。万葉集の「・・・つらつら椿」で有名。

風邪がなおらない。鼻水がでるし、喉も痛い。身体も熱っぽい。改めて、健康の大切さを感じる。朝荷物が重いので(8月に登山予定なので、重いリックで訓練のため)、不必要なもの(「篠笛・琴・三線の練習資料」、ノートなど)は置いてきた。

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琴の音(ね)・24

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

建春門院の御かたの理趣三昧に聴聞にまゐりたるに、一院もおなじおほんかたにおわしますほどなり、うちへ帰りまゐりてまたの日これより小侍従  とまりゐてかへらぬけふの心をぞうらやむものと我はなりぬる 御返し      中納言大夫時忠  世のつねのすみかをほらのうちにしてかへらぬ人と君をなさばや

この詞書に小侍従は聴聞を終わって、うち(内=内裏)へ帰ったとあるので、小侍従はこの時高倉天皇にお仕えする内裏女房であったとわかる。美濃から帰った小侍従は高倉天皇に出仕したのである。時忠の返歌には、小侍従を「ほらのうち(仙洞御所の意)にしてかへらぬひとと君をなさばや」とあるので、小侍従を後白河院に出仕するよう、薦める意向が時忠にはあったのではないか。 この理趣三昧の期間中の二十九日には、小侍従の弟・宇佐弥勒寺講師成清が理趣三昧のため贅(ぜい)を極めた多くの仏具を献上している。

■風の道⑰

Cimg0415高鴨(たかがも)神社(奈良県御所市)/高鴨神社は北の鴨都波神社とともに京都の賀茂社の本家とされている。弥生時代中期以前にこのあたりに住みついた鴨族の集団は、のちのち全国に広がり、安芸、播磨、美濃、三河など全国各地に賀茂、加茂、賀毛などの郡を設置した。山城(京都)の加茂上下二社が平安朝の朝廷に厚く遇せられたことは周知のことである。

昨日の水泳学習で風邪をひいたのか?喉が痛い。体もだるい。今日は昼から体育祭の係り・種目会議の打ち合わせがあるので、休めない。今週もつだろうか?

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琴の音(ね)・23

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

→小侍従、高倉天皇に出仕。 /六条天皇の仁安三年(一一六八)二月十一日、太政大臣清盛病により出家。同年二月十九日六条天皇御年五才御譲位、東宮憲仁親王御年八才受禅、三月二十日御即位、高倉天皇であらせられる。同日生母・女御平滋子は皇太后となる。仁安四年(一一六九)四月十二日、皇太后(平滋子)に女院号、建春門院宣下。嘉応三年(一一七一)岩清水別当勝清入滅の時、その子息慶清が宇佐弥勒寺講師兼別院喜多院司であったが、小侍従の弟・成清は朝廷の要路に運動して、弥勒寺講師兼別院喜多院司の地位を手に入れた。弥勒寺は九州一円に百にあまる広大な荘園を所有し、宇佐八幡宮の神宮寺弥勒寺の講師であった十九代岩清水別当元命が弥勒寺講師の職とともに岩清水に伝えたものである。 前章で述べたごとく、承安三年(一一七三)美濃に下っていた小侍従は、承安四年(一一七四)二月二十三日から三十日まで法住寺御所の最勝光院小御堂で行なわれた建春門院の理趣三昧に参列し、終わって小侍従は中宮権大夫平時忠と次の『小侍従集』(六六~七)の歌を交わした。高倉天皇中宮徳子(清盛娘)の中宮権大夫平時忠は、建春門院の腹違いの兄で平清盛室時子の弟、当時権中納言、四十五才であった。

■風の道⑯

Cimg0412ササユリ (奈良県御所市)/かつては葛城山のシンボルのような花。近年少なくなってきた。大神神社(奈良県桜井市)の摂社「卒川神社(奈良市)」の祭りでは、ササユリはシンボルの花に。三島由紀夫の小説の中に、「これほど美しい祭りはない。・・・・」と書かれている。

水泳学習、今日から始まる。子どもは楽しみにしているが、教師はスケジュール調整におおわらわ。学校全般にゆとりがなくなってきた。

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琴の音(ね)・22

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

→小侍従、大納言三位の夢に見えて、歌の事さまざま申して帰るとおぼしく侍りけるが、又道より文をおこせたるとて、書きつけて侍りける歌 /ことの葉の露に思ひをかけし人身こそは消えめや(玉葉2464) /「通釈」「詞書」大納言三位(藤原為子)の夢に小侍従があらわれて、歌のことを様々語って帰って行ったようでしたが、またその帰り道に手紙を寄越して来たとのことで、為子が書き付けておきました歌 「歌」葉の上に置いた露は、はかなく消えてゆきます。和歌という、いわば言の葉の露のように美しい儚(はかな)いものに思いをかけた人も、命はこの世から消えてゆきますが、歌に託した心は消えることがあるでしょうか。 /「補記」鎌倉末期の女房歌人、藤原為子の夢に小侍従があらわれ、残していったという歌。「思ひをかけし人」は特に小侍従自身を指すが、和歌に思いをかけてきた昔の歌人たちすべてを含めて言っていよう。それはまた為子に対する励ましの言葉でもあった。

■風の道⑮

Cimg0410高天彦神社前(奈良県御所市)/多田の集落の東を国道24号線が通り、五條バスセンター行のバスが走っている。小殿(おどの)バス停から旧道を歩いて南へ行くと、東持田の集落に至る。ここに式内社の葛木御歳(みとせ)神社がある。穀物をつかさどる神を祀るという。上鴨(かみがも・高鴨)・下鴨(しもがも・鴨都波)に対して中鴨(なかがも)だともいわれている。ここから西へ行くと、鳥井戸バス停がある。バス停から金剛山麓の方へ行き、北窪の集落をさらに山手に上ると少し広い台地に出る。このあたりが高天原(たかまがはら)と伝承されている。人家の南のはずれに、式内社の高天彦神社が杉並木の参道の奥に鎮座する。

■三輪山(みわやま)・・・標高467m。古代から神の山として崇拝されている。山頂近くには「磐座(いわくら)」と呼ばれる古代祭祀跡があり、祭器や土器が出土。狭井神社で入山許可を受け付けている。

Cimg0503 ←クロアゲハ(三輪山中、奈良県桜井市)。

自宅(10:00)・・江坂駅(10:10-10:20)--地下鉄御堂筋線ーー難波駅・近鉄難波駅ー鶴橋→宇治山田行き(急行)→→→桜井駅・バス停→三輪明神参道口・・大神(おおみわ)神社・狭井神社(入山料300円を払う。白いたすきを借りる。拝殿前の御祓串・おはらいぐしで身を清める。)・・・行場(三光滝・身を清める)・・・高宮・三輪山山頂(467.1m)・・・・・・・行場(三光の滝・身を清める。着替え)・・狭井神社(たすきを返却)・・・大神神社二の鳥居・・JR三輪駅ーー天理駅・近鉄天理駅ーーー大和西大寺(16:38)→快速急行「三ノ宮」行きーーーーー難波駅・地下鉄難波駅ーーー江坂駅・・・自宅(18:00)

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琴の音(ね)・21

院の小侍従(こじじゅう)、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴(わごと)の手弾きならしけるを聞きて 

◇院の小侍従=「待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは」(『新古今集』恋三)の歌で待宵小侍従と称される。石清水(いわしみず)別当光清女。母小大進。後白河院に出仕。二代后多子にも仕え大宮小侍従とも呼ばれる。 ◇例ならぬこと=病気。 ◇大事に臥し沈みて=重態になり。◇とぶらひにまかりたりける=訪問。ここは病気見舞。 ◇人にも聞かせぬ=秘曲として人にも聞かせない。 ◇和琴=六弦の琴。 ◇手弾きならしける=音楽を奏すること。曲。 

琴の音(ね)に 涙を添えて ながすかな 絶えなましかばと思ふあはれに 

※あなたの弾かれる和琴の音を、感涙にむせびつつお聞きすることです。もしあなたの病が直らなかったなら、そしてこの和琴の秘曲も絶えてしまったらと思うあわれに。 「人にも聞かせぬ」秘曲を西行に聞かせるところに、小侍従と西行との親交のほどを知ることができる。 

◇絶えなましかばと=「絶えなましかばいかに悲しからまし」が省略された形。反実仮想。小侍従の命が絶えてしまったらの意と、小侍従の伝える秘曲が絶えてしまったらの意を掛ける。

返し /頼むべき こともなき身を今日までも 何にかかれる玉の緒ならん

※琴を弾くと申しましても、この世に頼みにできるものとて何もないわが身ですのに、今日まで何の因縁によってこのように生きながらえてきた命でありましょう。

◇こと=「事」と「琴」を掛ける。 ◇かかれる=「掛かれる」と「欺かれる」を掛ける。 ◇玉の緒=命。玉を貫く緒が切れやすいようにはかないことからいう。「緒」は「琴」の縁語。

心経(しんぎょう)のこころをよめる 色にのみ染めし心のくやしあをむなしと説ける法(のり)のうれしさ(新古1936) /「通釈」現世の浮わついたことにばかり心を染めていたことが公開されるけれど、「色即是空」と説く般若心経の教えに出会えて心の迷いも消えた。ああうれしい。 /「語釈」◇心経=般若心経。 ◇=形相(ぎょうそう)。実際に目で見たり、手でさわったり、耳で聞いたりすることのできるもの。現象界の物質的存在。「形あるもの」を意味する梵語(サンスクリット)の漢訳である「色」の訓読語。 ◇くやしきを=悔やまれるけれど。この「を」はいわゆる目的格の助詞でなく、接続助詞。「くやしきは」とする本もある。 ◇むなしと説ける=般若心経の「色即是空」を指す。現象界の物質的存在には固定的実体がない。 ◇うれし=気もちが晴れ晴れとする。心経の教えが迷いを取り去ってくれたことを「うれし」と言っている。 /「他出」続詞花集、今撰集、小侍従集、宝物集

■祭りばやしが聞こえるー2部、第11話・茨木(いばらき)中学校ー

1912年4月。義清と良一は13歳になった。義清と良一は別々の学校に進学した。義清は、大阪府立茨木中学校、現・大阪府立茨木高等学校に入学した。入学のその日、祖父と近所の雪が見送ってくれた。雪は親戚関係はなかったが、亡くなった姉の面影をやどした子だった。「清さん、がんばってね」、雪は言った。義清は、だまってうなずいた。

中学校への道端に、満開の桜がさいていた。

■風の道⑭

Cimg0408高天彦神社(御所市)/高天原(たかまがはら)の伝承地近くにある。金剛山別当の葛城家の祖神を祀るという。

昨日の疲れが残っている。軽い筋肉痛がある。いつもなら休日だが、今日は家族参観日なので、登校。登校したら、技能員さんに昨日の土産=「黒豆ケーキ」を渡す。教室に戻ったら、置き忘れていた携帯があった。しらずしらずの間に、携帯依存症になっている。あって、ほっとした。 午前10時40分から家族ゲーム。熱気で、体育館内は蒸し風呂状態。暑い。終わってほっとした。昼から、ソーメーン大会&テニス(硬式)&泥団子作り

 

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