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小倉百人一首⑱

86.なげけとて月やは物を思はするかこち顔(がお、がほ)なるわが涙かな(西行法師)

Cimg8067西行うたのみち(大阪府富田林市)。「西行絵巻」という陶板が配列されていて、西行の生涯が絵巻風に画かれ、簡単な説明も記されている。末尾には西行の年表もある。

◇なげけとて=(月が私に)嘆けといって。 ◇月やは物を思はする=月がもの思いをさせるのであろうか。いや、そうではない。反語。 ◇かこち顔なる=月のせいではないのに、月にかこつけるようすの。「かこつ」は他人のせいにするの意。「顔(がほ)」はそのようなようすであることを表す。

▼出典:千載(せんざい)集・巻十五・恋五(九二六) 「月前恋(つきぜんのこい)」といへる心をよめる

※思い嘆けといって、月が私に恋の物思いをさせるのであろうか、いや決してそうではない。月はただ無心に照り輝いているだけなのに、あたかも月のせいでもあるかのように、恋の切なさにとめどなくこぼれ落ちる涙であることよ。

18.住(すみ)の江(え)の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路(ぢ)人目よくらむ(藤原敏行朝臣・ふじわらのとしゆきあそん=書道にもすぐれ、空海と並び称されている。)

◇住の江=大阪市(摂津の国)住吉(すみよし)区の海岸。◇よるさへや=第三句・四句を倒置して、「夢の通ひ路→よるさえや」の意で、夜夢の中で女の許へ通う路でさえも(昼は仕方のないこととして)と解する。 ◇夢の通ひ路=夢の中で通ってくること。◇人目よくらむ=人の見える目を避けるのであろうか。

▼出典:古今集・巻十二・恋二(五五九) 寛平(かんぴょう)の御時(おんとき)きさいの宮の歌合(うたあわせ)の歌

※住の江の岸に波が寄るそのよるということばではないが、夜、夢の中でさえも、そうしてあの人は人目をはばかり避けるのであろうか。(夢でくらいは会いたいものなのに)

■君がいた夏ー4部、第31話・バーでー

「ずいぶん早かったですね」「ええ、マンション、神宮前ですから。すぐそこなんです」「あっ、そうでしたね。ともちゃんが住んでいたマンションの近くでしたね。今もそこに」「ええ、ずっと。母はなくなりましたが・・・」「そうですか。・・・」・・・。「お墓、よくわかりましたね」「ええ、私もいろいろとありましたから。菊池のお墓どころではなかったんです。母がなくなり、部屋を整理してたら、あなたの手紙が。ずっと前の・・」「それで、私に電話を・・・」。とりとめのない話しが続いた。

ふいに会話がとぎれ、土屋は、義清の目をじっとみつめた。「菊池は、生前、ぼくにあることを話たんです」「あること?・・・」。土屋は、目をそらせた。

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