渚の院⑳
中納言家成なぎさの院したてて 程なくこぼれたれぬと聞て、天王寺より下向しけるつゐでに、西住、浄蓮など中上人ともして見けるに、いとあはれにて、各々述懐しけるに、
折につけて人の心もかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり (『西行上人集』)
←三川合流地点(天王山よりのぞむ)。木津川、宇治川、桂川→淀川となる。以前はもっと見晴らしが良かったのだが、木々が生い茂ったのか?見晴らしがあまりよくない。
※なぎさの院=大阪府枚方市渚(なぎさ)にあった文徳天皇の離宮。後、惟喬(これたか)親王へ伝領。鳥飼より約9m上流。 ※鳥飼(とりがい)=大阪府摂津市。淀川沿いにあり、鳥飼の牧(まき)や鳥飼院があった所。 ※西住 ※浄蓮=不詳だが、静蓮法師と云う説もある。静蓮法師とするなら、千載集1015番の作者であり、忍西入道と同一人物の可能性も指摘されている。 ※中納言家成=藤原家成(1107~1154、48歳)。美福門院の従兄弟で、その縁故によって鳥羽院の寵臣になっていたことが「台記」や「愚管抄」に見える。家成は「なぎさの院」を再興したが、どういう理由かわからないが、またつぶしてしまった。
「交野(かたの)」というと現在の大阪府交野市とまぎらわしいが、本来は主として天野川以北の、枚方市北西部の淀川東岸一帯をさし、交野天神社や片埜(かたの)神社に今もその名をとどめている。また、在原業平は、この地にあった惟喬(これたか)親王の別荘、渚の院で「世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし」という歌を詠み、これによって交野は、藤原氏のため皇位につけなかった悲劇の皇子と桜のイメージが結びついて、人々に記憶されることになった。
■栄養学・・・今日から2学期が始まった。(大阪教育委員会)保健体育科より農業に関する副読本が3種類届いていた。5年生に配布してくださいとのことだが、「保健体育科と農業」!・・ん??と思ったが・・。以前新聞に、「(テニスの錦織圭(にしこり・けい)が)痙攣をよく起こすのは栄養のバランスが欠けている。」と、杉山選手にアドバイスを受けたことが書かれていた。スポーツと農業は関係ある・・か!と思い直した。そういえば、同じテニスプレイヤーの伊達選手が世界ツアー現役の頃、炊飯器を海外へ持参していたことを思い出した。・・・わが国の農産物の自給率は37%。原油があがって秋は値上げラッシュ。・・、なるほど、大切なことだ。
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