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渚の院⑬

中納言家成なぎさの院したてて 程なくこぼれたれぬと聞て、天王寺より下向しけるつゐでに、西住、浄蓮など中上人ともして見けるに、いとあはれにて、各々述懐しけるに、

折につけて人の心もかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり (『西行上人集』)

Dscn6835  ← 淀川の説明図。 滋賀・京都・奈良・三重・兵庫・大阪の2府4県にまたがる幹川流路延長75km、府下指定流路延長35.1kmの河川で、琵琶湖の流出口から河口までをいう。一般的には大阪・京都両府の境界、宇治川・木津(きづ)川・桂川の3川合流点から下流の部分をいい、多くの諸河川をあわせつつ大阪市域に入る。都島区毛馬町3丁目において旧淀川本流である大川がわかれ、新淀川とよばれる本流はまっすぐ南西へ流れ、西淀川・此花(このはな)両区の間で大阪湾に注ぐ。大川は大阪城の北で寝屋川をあわせ、中之島東端で土佐堀川・堂島川にわかれ、西区川口2丁目付近で再び合流する。 西行の時代、3川合流地点付近に広大な「小椋(おぐら)池」が存在した。                                                 

※なぎさの院=大阪府枚方市渚(なぎさ)にあった文徳天皇の離宮。後、惟喬(これたか)親王へ伝領。鳥飼より約9m上流。 ※鳥飼(とりがい)=大阪府摂津市。淀川沿いにあり、鳥飼の牧(まき)や鳥飼院があった所。 ※西住  ※浄蓮=不詳だが、静蓮法師と云う説もある。静蓮法師とするなら、千載集1015番の作者であり、忍西入道と同一人物の可能性も指摘されている。 ※中納言家成=藤原家成(1107~1154、48歳)。美福門院の従兄弟で、その縁故によって鳥羽院の寵臣になっていたことが「台記」や「愚管抄」に見える。家成は「なぎさの院」を再興したが、どういう理由かわからないが、またつぶしてしまった。

「交野(かたの)」というと現在の大阪府交野市とまぎらわしいが、本来は主として天野川以北の、枚方市北西部の淀川東岸一帯をさし、交野天神社や片埜(かたの)神社に今もその名をとどめている。また、在原業平は、この地にあった惟喬(これたか)親王の別荘、渚の院で「世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし」という歌を詠み、これによって交野は、藤原氏のため皇位につけなかった悲劇の皇子と桜のイメージが結びついて、人々に記憶されることになった。

■吹田夏山登山教室(場所:鹿島槍・爺ガ岳、雨天決行)

Cimg76631黒部観光ホテル(長野県大町市大字平 822)

3日目:全日程(2時間45分、休憩含まず):(種池)山荘ー(下り)--扇沢・・・大町温泉・・・R147・・・豊科IC・・・中央道・・・名神高速・・・吹田市役所(18:30頃)

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