渚の院⑱
中納言家成なぎさの院したてて 程なくこぼれたれぬと聞て、天王寺より下向しけるつゐでに、西住、浄蓮など中上人ともして見けるに、いとあはれにて、各々述懐しけるに、
折につけて人の心もかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり (『西行上人集』)
←万葉の歌枕、三島江(みしまえ)。西行や俊成によって詠まれた地。かつては、風光明媚な場所だったらしい。
※なぎさの院=大阪府枚方市渚(なぎさ)にあった文徳天皇の離宮。後、惟喬(これたか)親王へ伝領。鳥飼より約9m上流。 ※鳥飼(とりがい)=大阪府摂津市。淀川沿いにあり、鳥飼の牧(まき)や鳥飼院があった所。 ※西住 ※浄蓮=不詳だが、静蓮法師と云う説もある。静蓮法師とするなら、千載集1015番の作者であり、忍西入道と同一人物の可能性も指摘されている。 ※中納言家成=藤原家成(1107~1154、48歳)。美福門院の従兄弟で、その縁故によって鳥羽院の寵臣になっていたことが「台記」や「愚管抄」に見える。家成は「なぎさの院」を再興したが、どういう理由かわからないが、またつぶしてしまった。
「交野(かたの)」というと現在の大阪府交野市とまぎらわしいが、本来は主として天野川以北の、枚方市北西部の淀川東岸一帯をさし、交野天神社や片埜(かたの)神社に今もその名をとどめている。また、在原業平は、この地にあった惟喬(これたか)親王の別荘、渚の院で「世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし」という歌を詠み、これによって交野は、藤原氏のため皇位につけなかった悲劇の皇子と桜のイメージが結びついて、人々に記憶されることになった。
■君がいた夏ー3部、第52話・「ベニスに死す」ー
小包の中に入っていたビデオテープをデッキに入れた。思ったとおり、テレビ東京で放映された番組の録画だった。そこには、馴染みのアナウンサーとともひさの姿があった。
「初めて男の人形を作られたんですね」「ええ、男っていっても、男の子ですけど」。
二人の前に、映画「ベニスに死す」に登場した美少年の人形が置かれてあった。
■吹田事件②・・・私は戦後おきた「三河島事件」とよく似た事件というふうに認識していたので、隣の人(新聞記者を40年やっていたと話された。)の話とは、だいぶくいちがっていた。向かいにいた40代ぐらいの男性が、「吹田事件!」、有名な事件ですといって、むくっと起きだした。
■大阪市立城北市民学習センター(大阪市旭区)、「一日体験教室(南京玉すだれ他大道芸)10:00-12:00」・・・知らない人は新しい! 知っている人は懐かしい!
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