渚の院⑲
中納言家成なぎさの院したてて 程なくこぼれたれぬと聞て、天王寺より下向しけるつゐでに、西住、浄蓮など中上人ともして見けるに、いとあはれにて、各々述懐しけるに、
折につけて人の心もかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり (『西行上人集』)
←三島江付近の地図。
※なぎさの院=大阪府枚方市渚(なぎさ)にあった文徳天皇の離宮。後、惟喬(これたか)親王へ伝領。鳥飼より約9m上流。 ※鳥飼(とりがい)=大阪府摂津市。淀川沿いにあり、鳥飼の牧(まき)や鳥飼院があった所。 ※西住 ※浄蓮=不詳だが、静蓮法師と云う説もある。静蓮法師とするなら、千載集1015番の作者であり、忍西入道と同一人物の可能性も指摘されている。 ※中納言家成=藤原家成(1107~1154、48歳)。美福門院の従兄弟で、その縁故によって鳥羽院の寵臣になっていたことが「台記」や「愚管抄」に見える。家成は「なぎさの院」を再興したが、どういう理由かわからないが、またつぶしてしまった。
「交野(かたの)」というと現在の大阪府交野市とまぎらわしいが、本来は主として天野川以北の、枚方市北西部の淀川東岸一帯をさし、交野天神社や片埜(かたの)神社に今もその名をとどめている。また、在原業平は、この地にあった惟喬(これたか)親王の別荘、渚の院で「世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし」という歌を詠み、これによって交野は、藤原氏のため皇位につけなかった悲劇の皇子と桜のイメージが結びついて、人々に記憶されることになった。
■君がいた夏ー3部、第53話・美ー
「初めて男の子の人形を?・・というと、何か心境の変化でも?」「まあ、心境の変化というほどの事でもないのですが、男の子はきれいですから」「男の子はきれい? 男はだめですか?」「だめです。」「だめですか?」
「・・、あっ 美についてだめっていってるわけで、男全般にだめっていうわけではないんですよ。生きていくうえでは、とてもいい男はいっぱいいますよ」「なんだか、はぐらかされたような」「まあ、私はこういう仕事をしていますので、美にたいしては敏感なんです」・・・。
あとは、ともひさの別の作品と作品の工程をアナウンサーとの問いにともひさが答えるという形で番組が進行していた。 義清は、途中でビデオをきった。要するに、ともひさは、テレビ局が自分のことを特集するぐらい有名なんだということを言いたかったのだと解釈した。 いつぞやの会話を思い出し、ちょっと言いすぎたかなと思った。
■私は貝になりたい
←冷池(つめたいけ)山荘。 後立山連峰内の山荘(種池山荘)での話は、ドラマ・映画「私は貝になりたい」におよんだ。※生野区に、このドラマの原作者?脚本家?の岡本さん?岡部さん?がこられたことがあった。元新聞記者の方は脚本家は橋本忍さんだと言われたが、私の記憶とは違う。橋本忍さんは、映画監督「黒澤明」さんのと一緒に数々の映画をとられた有名な脚本家だそうだ。私が記憶している岡本さん?は、講演会で、「・・・・・東京裁判後、巣鴨プリズン(刑務所)に収監されていた人の中で、同日同時刻に出獄された人物が3人いる。その3人とは、後に総理大臣となった岸信介(孫が安倍元首相)・児玉誉士夫・笹川良一。・・・」と話された。元新聞記者は、有名な話だよとニヤリと笑われた。 ps 後で調べたら、笹川良一と川端康成氏とは小学校の同級生だったとのこと。右翼の黒幕とノーベル賞作家との関係は意外な気がする。箕面市と接している豊川村は、現大阪府茨木市に属する。 ※生野区=山家集に出てくる「横野」とは、一説にはここといわれている。 ※加藤哲太郎 ※岡本愛彦さんと森光子さんとは、元夫婦。
■大原野(おおはらの)・・・西行が出家した後しばらくいた寺として伝えられている勝持寺(しょうじじ)、善峰寺(西国三十三ヶ所霊場)、十輪寺(じゅうりんじ、在原業平ゆかりの寺)などがある大原野の近くに大仏師・松本明慶(みょうけい)氏が住んでおられると昨日のテレビ(ブロードキャスター)が報じていた。明慶氏は鎌倉時代の仏師「運慶」「快慶」の流れをくむ仏師で、100年に1人という天才仏師だそうだ。以前、大原野を歩いていると、観音正寺(かんのんしょうじ、滋賀県蒲生郡安土町石寺)におさめる前の観音像の頭が、工房に置いてあった。
■57歳の誕生日・・・「又ひとつ年を重ねる日、見あげるとさるすべり。」(多吉)
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