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渚の院②

中納言家成なぎさの院したてて 程なくこぼれたれぬと聞て、天王寺より下向しけるつゐでに、西住、浄蓮など中上人ともして見けるに、いとあはれにて、各々述懐しけるに、

折につけて人の心もかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり (『西行上人集』)

Cimg7429四天王寺五重塔。千日まいり。

※なぎさの院=大阪府枚方市渚(なぎさ)にあった文徳天皇の離宮。後、惟喬(これたか)親王へ伝領。鳥飼より約9m上流。 ※鳥飼(とりがい)=大阪府摂津市。淀川沿いにあり、鳥飼の牧(まき)や鳥飼院があった所。 ※西住  ※浄蓮=不詳だが、静蓮法師と云う説もある。静蓮法師とするなら、千載集1015番の作者であり、忍西入道と同一人物の可能性も指摘されている。 ※中納言家成=藤原家成(1107~1154、48歳)。美福門院の従兄弟で、その縁故によって鳥羽院の寵臣になっていたことが「台記」や「愚管抄」に見える。家成は「なぎさの院」を再興したが、どういう理由かわからないが、またつぶしてしまった。

「交野(かたの)」というと現在の大阪府交野市とまぎらわしいが、本来は主として天野川以北の、枚方市北西部の淀川東岸一帯をさし、交野天神社や片埜(かたの)神社に今もその名をとどめている。また、在原業平は、この地にあった惟喬(これたか)親王の別荘、渚の院で「世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし」という歌を詠み、これによって交野は、藤原氏のため皇位につけなかった悲劇の皇子と桜のイメージが結びついて、人々に記憶されることになった。

■君がいた夏ー3部、第44話・部屋ードア・チャイムー

マンションのドア・チャイムを鳴らした。驚いた顔のともひさが、そこにあった。 

「おどろいたなあ、いつ来たんだ?」「今朝、釧路から東京へ」「釧路って、北海道の?」「ああ」「飛行機かなんかで?」「いや、船で」「へぇー、船でね」・・「まぁー、よくここが分かったなぁー」「まあ、勘で」「勘で・・か。昔から勘はよかったからな。ビール飲むか?暑かっただろ」「ビールって、この時間に? あっそうか、どうってことないよね」

ともひさは、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、義清が坐っているテーブルの前に置いた。

■役行者霊蹟札所めぐり(菅生寺・すぎょうじ)

Cimg74851蔵王堂(吉野山)。菅生寺最寄の・「大和上市(かみいち)」駅正面から。春はピンクで彩られる。

江坂(7:50)-地下鉄・御堂筋線-天王寺=近鉄・阿部野橋駅(8:20)ーー急行(吉野行き)ーーーー大和上市(9:50-10:00)※9:54発のバスが来なかったので、臨時バスがでる。→奈良交通バス→→津風呂湖口(10:15)・・徒歩4km・・・菅生寺(11:15-12:00)・・・徒歩7.3km・・・近鉄・大和上市駅(13:12)--急行ーーー阿部野橋駅(14:40)---江坂(15:10) 

Cimg7477_2菅生寺(すぎょうじ、奈良県吉野郡吉野町平尾150)。

桜の季節とうってかわって、電車はがらがら。しかし、大和上市あたりは単線なのか、向こうから電車が来るたびにしじゅう止まる。ようやく駅に着く。 駅から2番(湯盛温泉杉の湯・樫尾)のバスに乗った。ほぼ満席。「津風呂湖口」のバス停で降りる。国道169号線を戻るかたちで、「河原屋」の交差点を北に歩く。県道28号線を3kmほど歩くと、「菅生寺」の看板が見えてくる。案内看板に従って左折、2分ほどあるくと寺に着く。

■北京オリンピック男子バレーボールの試合(日本ー中国)・・・中国チームに「サイ ギョウブン」という選手がいて、日本のアナウンサーが、「サイギョウ、・・」。「ん、西行?」。驚いた。結果は、2セットととられて2セット取りかえしたものの、逆転にはいたらず、2-3で負け。残念。 ※「サイギョウ」にリンクしている西京区は「サイギョウ区」ではなく、「にしきょう区」です。

                

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