渚の院⑫
中納言家成なぎさの院したてて 程なくこぼれたれぬと聞て、天王寺より下向しけるつゐでに、西住、浄蓮など中上人ともして見けるに、いとあはれにて、各々述懐しけるに、
折につけて人の心もかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり (『西行上人集』)
←水道記念館。西行と江口の君との問答歌を説明した電子パネル。
※なぎさの院=大阪府枚方市渚(なぎさ)にあった文徳天皇の離宮。後、惟喬(これたか)親王へ伝領。鳥飼より約9m上流。 ※鳥飼(とりがい)=大阪府摂津市。淀川沿いにあり、鳥飼の牧(まき)や鳥飼院があった所。 ※西住 ※浄蓮=不詳だが、静蓮法師と云う説もある。静蓮法師とするなら、千載集1015番の作者であり、忍西入道と同一人物の可能性も指摘されている。 ※中納言家成=藤原家成(1107~1154、48歳)。美福門院の従兄弟で、その縁故によって鳥羽院の寵臣になっていたことが「台記」や「愚管抄」に見える。家成は「なぎさの院」を再興したが、どういう理由かわからないが、またつぶしてしまった。
「交野(かたの)」というと現在の大阪府交野市とまぎらわしいが、本来は主として天野川以北の、枚方市北西部の淀川東岸一帯をさし、交野天神社や片埜(かたの)神社に今もその名をとどめている。また、在原業平は、この地にあった惟喬(これたか)親王の別荘、渚の院で「世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし」という歌を詠み、これによって交野は、藤原氏のため皇位につけなかった悲劇の皇子と桜のイメージが結びついて、人々に記憶されることになった。
■君がいた夏ー3部、第49話・観葉植物の陰ー
真っ白いシーツとともひさの身体の上に、大きな観葉植物の陰が映っていた。観葉植物のおかげで、どこか異国へ来たような錯覚を覚えた。
義清は、ともひさの身体と陰をていねいに唇でなぞっていった。しだいに汗ばんでいくともひさの身体をさらに愛撫し続けた。・・・・・・・・・、葉陰が大きく揺れ、ともひさの、男に似つかわしくない吐息がもれた時、義清も獣じみた大きな声をだした。それからまもなく、二人とも果てた。
■吹田夏山登山教室(場所:鹿島槍・爺ガ岳、雨天決行)
←シラタマノキ。 ツツジ科。針葉低木林に生える常緑矮性低木。植物体にサロメチールの匂い。花は総状花序。
2日目(全日程=7時間15分、休憩含まず):(冷地)山荘--鹿島槍ーー山荘ーー爺ガ岳(全部荷物をもって)--種池山荘
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