渚の院③
中納言家成なぎさの院したてて 程なくこぼれたれぬと聞て、天王寺より下向しけるつゐでに、西住、浄蓮など中上人ともして見けるに、いとあはれにて、各々述懐しけるに、
折につけて人の心もかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり (『西行上人集』)
←淀屋橋から見た風景。淀屋橋は大川(旧淀川)を開削した後できた土佐堀川に架かっている。熊野詣の起点となった窪津(今の天満橋あたり)は、もう少し上流。「なぎさの院跡」のある枚方市へは、京阪電車「淀屋橋」駅からが便利。
※なぎさの院=大阪府枚方市渚(なぎさ)にあった文徳天皇の離宮。後、惟喬(これたか)親王へ伝領。鳥飼より約9m上流。 ※鳥飼(とりがい)=大阪府摂津市。淀川沿いにあり、鳥飼の牧(まき)や鳥飼院があった所。
※なぎさの院=大阪府枚方市渚(なぎさ)にあった文徳天皇の離宮。後、惟喬(これたか)親王へ伝領。鳥飼より約9m上流。 ※鳥飼(とりがい)=大阪府摂津市。淀川沿いにあり、鳥飼の牧(まき)や鳥飼院があった所。 ※西住 ※浄蓮=不詳だが、静蓮法師と云う説もある。静蓮法師とするなら、千載集1015番の作者であり、忍西入道と同一人物の可能性も指摘されている。 ※中納言家成=藤原家成(1107~1154、48歳)。美福門院の従兄弟で、その縁故によって鳥羽院の寵臣になっていたことが「台記」や「愚管抄」に見える。家成は「なぎさの院」を再興したが、どういう理由かわからないが、またつぶしてしまった。
「交野(かたの)」というと現在の大阪府交野市とまぎらわしいが、本来は主として天野川以北の、枚方市北西部の淀川東岸一帯をさし、交野天神社や片埜(かたの)神社に今もその名をとどめている。また、在原業平は、この地にあった惟喬(これたか)親王の別荘、渚の院で「世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし」という歌を詠み、これによって交野は、藤原氏のため皇位につけなかった悲劇の皇子と桜のイメージが結びついて、人々に記憶されることになった。
■役行者霊蹟札所めぐり(菅生寺・すぎょうじ)
吉野川を挟んで向かいが「妹(いも)山」。「妹山」は、浄瑠璃や歌舞伎の「妹背山婦女(おんな)庭訓(ていきん)」で知られる山。全山原始林におおわれ、ツルマンリョウ・ルリミノキなどの群落があり妹山樹叢(じゅそう)として天然記念物に指定されている。 ※ツルマンリョウ
吉野川の鮎釣りは、夏の風物詩だった。今は、オートキャンプにおされている。持統天皇(690~697)が31回行幸された、といわれる吉野離宮跡(宮滝遺跡)は、ここからやや上流にある。
■終戦63周年・・・謡いの稽古の帰り、神崎川の橋へ通りかかった。2集団が花火をしていた。川面に花火が流れていた。あれ?年のころ70歳ぐらいの男性3人がいる。花火?めずらしいなぁーと思っていたらどうやらちがうみたいで・・。しきりと橋の下をのぞきこんでいる。やがて、提灯(ちょうちん)がゆらゆらと。精霊(しょうりょう)流しか。・・、川から涼しい風が吹いてきた。
■吹田・水墨、墨彩画同好会展(メイシアター1階)
午前中、「水墨、墨彩画同好会展」を見に行った。 昨日通った「国道169号線(東熊野街道)」は、「国道168号線」とともに熊野に通じる道だ。かつての熊野街道と重なる道だ。 オリンピック卓球の女子団体戦は残念だった。「王子サーブ」の記事が今朝の毎日新聞に掲載されていた。大阪市阿倍野区王子町は、かつての熊野街道沿い(阿倍野王子)にあった。上の窪津(渡辺津)は熊野街道(上皇、天皇の参詣道)の起点。 吹田っ子の安田(理大、ガンバ大阪)選手が出場しているサッカーが予選敗退でがっくりしていたら・・・、今日、隣の(大阪府)茨木市石井選手が柔道で金メダル。天王寺中学出身の入江選手は5位(背泳200、近大)。大阪出身のダルビッシュや上原(枚方市)がでているの野球(オランダ戦)はどうなんだろうか? 目が離せない。
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