新平家物語六巻冬眠の国⑥
捨てはてて身はなきものとおもひしも雪の降る日は寒くこそあれ(西行)
もし、それがなしとげられなかったら、あんな酷い去り方をして悲しませたむかしの妻にすまない。主家の日、縁から蹴落としたわが子にたいして、なんの申しわけがあろうか。 ところが、六十だいからは、ときどき、これまでは意識しない心の嘘が、自分でも見えすき、はっとするおりが、しばしばだった。 若年の発心を、道一筋と守る意識の習性が、どこかで、しこっていたのである。一定出離(いちじょうしゅつり)の姿をくずすまい、くずれては、歌も生涯も、偽りになる、という自抑が、有りのままを邪(さまた)げ、歌にも、われさながらでないものが、かれ自身には見えたのだった。 --その妄(もう)を、今ふと、かれは気づいた。「・・・捨て果てた身などと、悟ったようなつもりでいたが、雪の降る日はやはり堪らなく寒い。頭で、どう思惟(しい)したって、寒さは変らぬ」と、当たりまえなことが、人並みにいえた歓びにおののくのだった。『ああ七十の坂にかかろうとして、こんな歌一つが、いま詠めた。はてさて、生(なま)じな悟りすましは、せまじきもの』 気もかろく持ち直せたせいか、かれは、まもなく木賃の寝小屋を立った。もう行くては、東北の冬特有な灰色の空だったが、ふたたび、平泉への旅をつづけていた。
■役行者霊蹟札所めぐり⑨(千光寺・せんこうじ、奈良県生駒郡平群郡鳴川188)
千光寺の境内には、「鐘楼(しょうろう)の梵鐘(奈良県文化)」、「石造宝塔・十三重石塔(鎌倉時代)」などがある。また、前鬼・後鬼を従わせた役行者像もある。
千光寺は今でも修験道の霊場で、裏山には岩場・清滝などがある。
■七夕伝説・・・(大阪府)枚方市と交野市一帯は、古くは「交野が原」と呼ばれ、七夕伝説発祥の地として知られています。②
磐船神社行きのバス(京阪バス、奈良交通バス)が出ていると、PCのHPに書かれてあった。駅員さんに聞くと、「バスなんかありません。ここから2,3分歩いた大きな道路へ出ると、バスが来るかも?」ということで、歩く。途中、道路工事関係者に聞くと、「磐船神社の方向はあっち。バスはほとんど来ないよ」。しかたなく、歩く。
■昨今、元同僚。
もう2週間あまり前になるだろうか、元同僚Kさんが窃盗の罪で検挙されたと、新聞に報じられていた。正義感の強い人だったので、なにが起こったのかと驚いている。電車の座席を占領して寝ていたからその人のカバンを盗ったというのがKさんの言い分らしいが、そんな理由がとおるわけがなく検挙されたようである。酒を飲んでの失敗は数多くある自分にとって、今回の事件は他人事ではない。その事件以降、なんとなく不安な毎日を過ごした。
7月4日夕方、宿泊学習の貝塚・「少年自然の家」から帰ってきた。「少年自然の家」に同じ日、30年前勤めていた高槻市立S小学校が来ていた。30年前だから、元同僚がいるはずもなく、・・それでも元同僚の近況を知りたくて話しかけようと思ったが、お互い忙しくなかなかできなかった。子どもが寝ついて夜半風呂に入ったら、S小学校の教職員らしき人がおられた。脱衣場で、「S小学校の方ですか?」「いいえ、摂津市のT小学校の者です」。がっかりした私に、やや間をおいて、「今はT小学校ですが、30年前、私はS小学校にいたんですよ」と話された。「30年前と云うと、私もいました」。・・、しげしげと顔を見られて、「Tです。覚えておられません?」。 私は、「・・???。すみません」。・・・風呂から帰って、床についたら、「あっ! 思い出した。あの時のTさんだ!」。 翌朝、Tさんに、「思い出しました。・・・・」。30年も経つと記憶もあいまいになるらしくて、・・でも懐かしかったです。
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