謡曲・高砂の旅①
冴えわたる浦風いかに寒からむ 千鳥むれゐるゆふ崎の浦 (山家集 西行)
←山陽電鉄高砂駅。 曽根駅は阪神電車梅田駅からの急行が止まらないので、一旦高砂駅で下車。それから、普通電車に乗り換えた。
上の歌碑は、曽根天満宮(兵庫県高砂市曽根町)の霊松殿に近い方にある。曽根天満宮は山陽電鉄曽根駅前(JR山陽本線曽根駅とはかなり離れている)の北側真正面にある。立派な構えを持つ神社で、門を入ると右側に歌碑玉垣が並んでいる。宮司曽根文省氏はまだ若い人だが、なかなかのアイディアマンらしい。以前の玉垣がこわれたので新しく取り替えることになったが、単に氏子の名前を書くだけでは面白くない。郷土に因む歌を刻んだ玉垣にしたいという宮司の意向により、氏子の協力を得て実現したものという。
この西行の歌は『山家集』に「冬の歌十首をよみける」としたうちの一首である。「ゆふ崎の浦」については、多くの注釈書が備中国(岡山県)浅口郡木綿崎、現在の勇崎かとしている。岡山県の勇崎といえば現在の倉敷市玉島である。歌碑のある曽根からは少し離れ過ぎている気がする。西行には野中の清水などを詠んだ歌もあるのだが。(2008年1月6日、旅する。)
■七夕伝説・・・(大阪府)枚方市と交野市一帯は、古くは「交野が原」と呼ばれ、七夕伝説発祥の地として知られています。⑩
船に似た巨岩は人々に、海の神で和歌の神でもある住吉神(すみよししん)を連想させたようで、住吉四神もここに祀られている。
磐船神社の前の道をまっすぐ行くと、奈良県生駒市に入る。ずっと南下した(奈良県)大和郡山市矢田(やた)町に矢田坐久志玉比古(やたにいますくしたまひこ)神社がある。古代の豪族物部氏の祖饒速日命に関する伝承が残される。饒速日命が天磐船(あまのいわふね)にのって高ヶ原(たかまがはら)から降臨したとき、3本の矢を射てその落ちた所を住まいと定めたが、二の矢が落ちた所がこの社地と伝える。
■君がいた夏ー3部、第33話・オホーツク海ー
1376mの「馬の背」で、一旦休憩をとった。その後、一気に1547mの斜里岳頂上をめざした。
「ヤッター!!」、誰かが歓声をあげた。義清は山頂に立って、眼下に広がるオホーツク海や知床半島、国後(くなしり)島を眺めた。横を向くと、虹がまた出ていた。
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