謡曲・高砂の旅②
冴えわたる浦風いかに寒からむ 千鳥むれゐるゆふ崎の浦 (山家集 西行)
上の歌碑は、曽根天満宮(兵庫県高砂市曽根町)の霊松殿に近い方にある。曽根天満宮は山陽電鉄曽根駅前(JR山陽本線曽根駅とはかなり離れている)の北側真正面にある。立派な構えを持つ神社で、門を入ると右側に歌碑玉垣が並んでいる。宮司曽根文省氏はまだ若い人だが、なかなかのアイディアマンらしい。以前の玉垣がこわれたので新しく取り替えることになったが、単に氏子の名前を書くだけでは面白くない。郷土に因む歌を刻んだ玉垣にしたいという宮司の意向により、氏子の協力を得て実現したものという。
この西行の歌は『山家集』に「冬の歌十首をよみける」としたうちの一首である。「ゆふ崎の浦」については、多くの注釈書が備中国(岡山県)浅口郡木綿崎、現在の勇崎かとしている。岡山県の勇崎といえば現在の倉敷市玉島である。歌碑のある曽根からは少し離れ過ぎている気がする。西行には野中の清水などを詠んだ歌もあるのだが。(2008年1月6日、旅する。)
■七夕伝説・・・(大阪府)枚方市と交野市一帯は、古くは「交野が原」と呼ばれ、七夕伝説発祥の地として知られています。⑪
眼下は緑一色の森林。長い吊り橋に揺られてわたる。ほしだ園地のシンボルとなっている。
■風姿花伝
このところ電車の中で、謡いの本を目で追いながら謡いのテープを聞いている。今日は、体がちょっと疲れているのか?・・、軽い本が読みたくて、妻が読みかけの「浮世道場・群ようこ」をリュックに入れた。群ようこというと、軽妙洒脱な、ガハハと笑える書物という印象をもっていたのだが、この本はちょっと様子が違った。 方丈記、雨月物語、・・。もちろん原文そのものではなく、群が読んだ後のそれぞれの感想を綴ったものだ。その中でも、「風姿花伝」が秀逸だ。「・・・『風姿花伝』でのいちばんのポイントは、「花」である。本来の能楽論での「花」については、「人の心に思ひも寄らぬ感を催す手立(てだて)、これ、花なり」とある。「誠の花は、咲く道理も、散る道理も、こころのままなるべし。されば、久しかるべし。(略)能を尽し、工夫を極めて後、この花の失せぬ所をば知るべし。この物数を極むる心、即ち、花の種なるべし。されば、花を知らんと思はば、先づ、種を知るべし。花は心、種は態なるべし(略)」 ここでの「花」は、面白く、珍しいものでなくてはならない。いつも同じ芸風ではなくて、次々に新しい芸風に移るようにする。ただそれは基本があってこそ成り立つものである。能楽には観客がいるので、それも必要だろうが、私が感じる人生論としての『風姿花伝』での花は、自分の「任」とは何かという、その人個人のあるべき姿という意味になる。昔の年齢は現代にはすべて当てはめられないけれども、その年頃の頭に入れておくべき、その年齢にふさわしいたたずまいや、考え方は現代でも通用する。・・略。 また、1ヶ月前、職場の研究会で、この「風姿花伝」にからめて自分の意見を発表された方がいた。「・・・エトウジュンさんが風姿花伝を読んで、言葉の大切さが染み入るように身体の中に入っていった。・・・とある本に書いていた」。風姿花伝は能楽論なので、どういう意味なのか?と思い質問したが、思ったような答えは返ってこなかった。これ以上追求すると、相手に悪いので、止めた。・・が、あとで、気になっている・・・。
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